探検LoG 001 魔石争奪戦 【神秘樹】
石塀に丸く囲まれた大森林――【神秘樹】。
魔石が採れる北の探検フィールド。
森への入り口は一つ。
細かな彫刻が施された、両開きの黒い門の手前に人集りができている。
50日に1度だけこのフィールドの門は開く。
まるで地獄門みたいな見た目だが――
その先に天国があると信じて、今日も人が集まっている。
総勢200人以上の魔石探検家。
見ただけで分かる。
ほとんどが現役、残りは学生だ。
手で握れるほどの、ゴツゴツとした神の石を求めて、
全員が背中にピッケルを背負い、鼓動を高め、重い息を吐いていた。
⸻
鉄の鎧を着た三人の門番のうち一人が怒鳴った。
「――どけ!」
探検家たちを押しのけ、門の前へ進む。
太い取っ手を握り、ゆっくりと引く。
門は落ち葉と土を引きずりながら、重々しく開かれた。
その瞬間――
誰も合図なんて待たない。
体をねじ込むようにして、探検家たちは一斉に森へなだれ込んだ。
⸻
高低差のある地形。
緑と黄色の葉をつけた木々。
木漏れ日。
そんなものには目もくれない。
ただ走る。
ただ探す。
膝まで伸びた草は蹴散らされ、枝で休んでいた鳥たちは一斉に飛び去った。
森へ入った瞬間――
全員が自分だけを信じて動き出す。
正面へ進む者。右へ逸れる者。左へ消える者。
そして。
マルコ・ポロロ。
22歳の若造だけが――
木に登っていた。
ようやくかぁ。
……地上をただ走ってても魔石は見つからないだろ。
もっともうるさいしな。
⸻
ぼさついた髪。
ほつれた黒い服。
武器も金も持っていない。
見るからに貧乏な探検家。
だが、耳に揺れる白い羽の耳飾りだけは妙に綺麗だった。
隣り合う二本の木を蹴り上がり、太い枝へ体を引き上げる。
そのまま周囲を見渡した。
一直線に伸びる木。
複雑に枝分かれする大樹。
柔らかな黄色の葉を持つ木々。
その下では、多くの探検家が必死に走り回っている。
中心部へ向かう者が多い。
枝から枝へ。
一歩ごとに飛び移る。
耳を澄ませながら。
――俺にとって、一番効率がいいのは木の上だ。
単に下を広く見たいからじゃない。
⸻
「カン、カン、カン――」
どこからか魔石にピッケルを打ちつける音。
これを聞くためだ。
右、35メートルほどか。
音の位置へ向かって、枝から枝へ飛び移る。
地面の雑草の隙間から、黄色い光が見えた。
手で握れるほどの、ゴツゴツとした神の石。
光の魔石か。
小柄な中年の探検家が、小型のピッケルで必死に叩いている。
……本当、ご苦労さん。
だが――
左右から茂みを駆け抜けてくる音があった。
狙っているのは、他にも四人。
右からガタイのいい男と赤髪の若者。
左から金髪の女と白髪の老人。
(そんな音立てたら気づかれるだろ……)
と言いたいところだが。
魔石に夢中の中年は、まったく気付いていない。
このままじゃ間に合わない。
俺は見切りをつけ、左へ方向を変えた。
⸻
その直後――
バリンッ!!
魔石が砕け、宙へ跳ね上がる。
五人が一斉に手を伸ばした。
「おっさん、それ貰うよっ!」
赤髪の若者がダイブし、魔石を掴む。
一歩早い。
タイミングも完璧。
そのまま若者は走り去っていく。
小柄だが筋肉質の若い男。
探検学校の生徒だろう。
背中には赤く輝く剣。
魔石武器持ちか。
赤髪の男は呟いた。
「はは、流石に同情するぜ……あのおっさん、一番最初に見つけたってのに」
そして。
俺は木の上から、赤髪の男が持つ光の魔石へ手をかざした。
次の瞬間――
真っ白な光が炸裂した。
視界が一瞬で塗り潰される。
「おい!誰だ!? は、魔石が取られた?」
赤髪の男の怒声が響く。
光の魔石なら。
俺の手の中だ。
再び木に登り、その場を離れる。
「魔石は相手に見せないこと、って学校で習わなかったかー?」
まぁ。
木の上で待ち伏せしてる奴がいるなんて、授業じゃ教えない。
強いだけじゃ勝てない。
この世界はもっと意地が悪い。
⸻
再び耳を澄ます。
「カンカン、カンカン――」
森の奥から、微かな音。
50メートル以上先か。
普通ならスルーだ。
……いや、行こう。
ここまで来ている奴は、まだ少ない。
俺は、人より少し耳がいい。
さっきの音に気付いた奴は多かっただろうが、
入り口から遠すぎる今回の音に気付いたのは――たぶん俺ぐらいだ。
間に合えば、取れる。
⸻
音源へ向かって木々を飛び移り、近づいたその時。
俺は、目を見開いた。
そこに立っていたのは――
上裸?
エメラルドグリーンのパンツ一丁の白髪の男。
無駄のない筋肉。
異様なほど綺麗な肌。
体の凹凸がはっきり浮き出ている。
ピッケルすら持っていない。
履いているのは、
螺旋状にねじれた灰色のピエロ靴だけ。
そして右手には――
青く輝く、水の魔石。
(少し遅かったか……)
だが男は、こちらに背を向けている。
⸻
俺は動けなかった。
どう見ても変質者だ。
いや、それ以前に――頭がイカれている。
……いや、絶対関わっちゃいけないタイプだろ。
あいつから魔石を奪う気なんて、もう無くなってしまった。
武器も無しで、どうやって魔石を割った?
蹴りか?
拳か?
どちらにせよ、化け物だ。
俺は静かにその場を離れようとした。
その時――
背後で音がした。
振り返る。
男は背を向けたまま両腕を広げ、
地面に魔石を落とし、ゆっくり頷きながら深呼吸していた。
「んんー……優しい」
……気付いていない?
魔石は地面に落として呑気に深呼吸。
その瞬間、後方から誰かが駆けてくる音がした。
どうする。誰か気づいたか。
ここを去るか。
魔石を奪うか。
――奪おう。
武器も持ってない。
さっきみたいに、魔石に力を込めればいいだけだ。
……相手が常人だったら、だが。
生きていれば、毎日探検LoGを更新する。
更新が3日途絶えたら遭難者リストにでも登録しておいてくれ。
もうその時には死んでいるだろうが、
また報告する。
ーー記録者 マルコ・ポロローー




