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実りの地  作者: 金城絢


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第九章 再会と選択

調査結果が明らかになってから二ヶ月後、沙織は、久しぶりにかつて勤務していた法律事務所を訪れた。所長から、事務所の本社移転の案内状が送られてきたからだ。

この場所で培った経験を思い出す。今もなお、その経験が、自分を支えていると感じている。時折、所長の笑顔や、職場で過ごした日々が頭をよぎった。あの頃は、やりがいのある仕事に没頭し、何もかもが順調に思えた。

緊張と懐かしさが胸の中で同時に湧き上がってきたが、沙織は思い切って扉を開けた。

「沙織さん、久しぶりだな」

出迎えてくれた所長の優しい眼差しは、当時と変わらない。

「所長…本当に、お久しぶりです」

沙織は思わず笑顔を返した。所長の顔を見た瞬間、過去の自分が戻ってきたような気がした。

「しばらく会わないうちに、大変なことがあったね。お嬢さんのことは、ご愁傷様でした」。所長はそう言いながら、彼女を席に誘った。

「いいえ。その節は、本当にお世話になりました。事務所の皆さんのお心遣いが、どれだけ励みになったかしれません」。沙織は恐縮しながら着席した。

「案内状でもお伝えしたけど、東京にも事務所を開いて、本社機能を移すことにしたんだ。また大きな挑戦をしようと思ってね」。所長はゆっくりと話し始めた。

東京にも進出することは、当時は予想もしていないことだった。だから、一報を受けた時は驚いたが、事務所の事業拡大は、多くの人から法の救済が必要とされているようで、誇らしかった。

「それで、君に相談があるんだ」。所長はしばらく沈黙を置いてから、真剣な表情で続けた。「もしよければ、再出発する事務所の未来を一緒に考えてくれないか?」

突然の提案に、彼女は驚きのあまり、しばらく言葉を失った。確かに、以前はパラリーガルとして忙しい日々を送っていたが、今は完全に家庭に入り、ブランクがかなり空いている。

しかし、夫との関係も完全に崩れ、心の中で次のステップを模索している最中だった。

「えっ……!?……どうして私に声をかけてくれたんですか?」。沙織は迷いながらも、思わず口にした。

所長は優しく微笑んだ。「君の仕事ぶりをよく知っている。そして、君は、人の痛みを知っている。だからこそ、君の言葉には重みがある。もしまた、誰かの力になりたいと思えたなら――うちの扉は、いつでも開いているよ」

その言葉に、沙織の心は揺れ動いた。かつて自分が法律事務所で学んだこと、そしてそこにいた仲間たちとの絆が、今、再び彼女を前に進ませようとしていた。

だが、それと同時に心の中には、まだ解決すべき問題があった。夫との関係、娘を失った痛み、そのすべてが彼女を束縛しているような気がして、心が一歩踏み出すことを躊躇っていた。

所長は、その沈黙を感じ取ったのか、優しく続けた。「急がなくていいよ。考えてみてくれ。君が決めることだし、無理に答えを求めるつもりはない。でも、3ヶ月以内に何かしら返事をくれると助かる」

沙織は静かに頷いた。新しいチャンスが目の前に広がっている。これまでの自分を捨てて、新しい道を歩むべきなのか。それとも、過去の延長線上の人生を生きるべきなのか――。

一ヶ月後、沙織は再び事務所を訪れ、所長と顔を合わせた。前回の話を深く考えた末、彼女は所長に自分の気持ちを吐露した。

「所長、実は、夫のことで色々あって……。もう、彼を信じることができないんです」。沙織はため息をつきながら話し始めた。

「娘を失った痛みもありましたが、最も辛かったのは、彼が娘を支えてくれなかったこと。私は必死に娘を救おうとしていたのに、彼は……」

所長は静かに聞いていた。彼の表情には、深い共感があった。

「大きな痛みを伴う体験だったんだね。君がどれほど辛かったか…。私も立場上、色々な事例を見てきたから、よくわかるよ」

所長は言葉を選ぶようにゆっくりと言った。

「でも大抵、大なり小なり双方に言い分や問題があることが多い。言い方はきついが、どんなに辛く苦しくても、被害者意識を引きずっていては、いつまでたっても前には進めない。誰も助けてはくれない」

そして所長は、真剣な眼差しで沙織の瞳を見つめながら続けた。

「君が前に進むためには、その痛みを乗り越えなければならない。痛みを自分の力に変え、その力で新しい人生を切り開いていくしか、方法はないんだ」

これまでの苦しみ、裏切り、失われた時間すべてを背負って、もう一度立ち上がることが彼女には求められていた。沙織はその言葉を聞き、決意を固めた。

「私、これからは自分の力で生きていきます」。沙織は力強く言った。

――過去は振り返らず、新たな道を進んでいこう

所長はその決意に微笑んだ。「君なら、きっとできる。これからが君の本当のスタートだ」

沙織が自分自身の人生を取り戻すタイミングがきていた。


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