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実りの地  作者: 金城絢


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第七章 闘病と亀裂

奈緒は病状が進行し、秋田大学医学部付属病院に緊急入院することになった。

「わたし、どこか悪いの?」。その日、病室で奈緒が沙織に強張った表情を向けてきた。奈緒の目は、深い不安を宿している。

沙織はできるだけ明るく振る舞い、「大丈夫よ。良性の腫瘍が見つかっただけ。治療すればすぐに良くなるから、安心して」と、無理にでも笑顔を作った。しかし、その言葉がどれほど奈緒を欺いているか――心の中で深く感じていた。

奈緒が入院してからは、病院に泊まり込みの日々。同時に沙織は、新たな治療方法を必死に探し続けた。自分が倒れてしまわないように気を張り続けたが、毎晩、眠れない夜を過ごしていた。

奈緒は奈緒で、両親に心配をかけまいと、出来る限り、気丈に振る舞った。しかし、時がたつにつれ、だんだん箸を握ることも、起き上がる事すら難しくなっていく。

今まで当たり前にできていたことが、できなくなる。自分の体が、自分のものではなくなったかのような状態に、奈緒は誰にも見られないよう、時折、布団を頭からかぶり声を殺して泣いた。

――つらいよぉ……。くるしいよぉ……。だれか、たすけて……

娘が自身のキャパ以上に我慢していることを沙織も分かっていた。両親を気遣う娘の姿を見る度、彼女の想いに応えるため、あえて気づかない振りをすることもあった。ドアの前で涙を流しては、「母親として強くならなければ」と自分を奮い立たせた。

「あまり今詰めるなよ。お前が倒れたら、奈緒が心配する」

入院当初、健太は自分が常時、奈緒の側にいてやれないことを申し訳なく想い、娘のために奔走する沙織を気遣っていた。

しかし、沙織が娘のことだけに係り切りになると、健太は仕事の忙しさを理由に、なかなか病室に足を運ばなくなった。沙織はそのことに憤りを感じ、次第に健太との間に亀裂が入っていった。

「あなた、父親でしょ? どうして、娘がこんなに苦しんでいる時に、ただ遠くから見ているだけなの?」 。沙織は感情が抑えきれなくなり、健太に怒りをぶつけた。

――俺だって辛いに決まっているだろ。今にも目の前から奈緒が消えてしまいそうで、受け入れるのが怖いんだ。それに……、俺が懸命に働いているのも、奈緒のためじゃないか…

健太は、言いたいことが口をついて出そうになったが、ぐっとこらえ、無言を押し通した。

実のところ、健太は、病室のドアを前に何度も引き返していた。自分の不甲斐なさを認識していたが、一方で、当時注力していた新規プロジェクトが暗礁に乗り上げ、苦戦していた。打開策がなかなか見いだせないこともあり、募る苛立ちが、彼をさらに頑なにさせた。

ある時、病室の前まで来た健太は、思い切ってドアノブに手を掛けた。しかし、恐怖心が先走ってしまい、やはり中に入れず、引き返そうとした。すると、ドスンと大きな音が中から聞こえた。慌てて駆け込むと、奈緒がベットから落ちていた。

「奈緒!大丈夫か?」

健太は急いで娘を抱き上げ、ベットに寝かせた。

「えへへっ。パパ、ごめんね。本を取ろうとしたら、落ちちゃった。わたしったら、おっちょこちょいだね」

うっすらと浮かんでいる涙をごまかすように、奈緒はわざと大きな声で笑った。その娘のいじらしさに、健太の胸に鷲づかみにされたような痛みが走る。

「奈緒が、こんなに大変なのに、なかなか来られなくて、ごめんな。パパは、本当にダメな父親だな」

健太は、涙声になりながら、奈緒をギュッと抱きしめ、頭をなでた。

奈緒は、安心した表情で健太の胸に顔を埋めながら、諭すように明るく言った。

「パパが、いつも来てくれているの、知ってるよ。パパが、とても心配してくれていること、わかってるから」

健太の瞳から大粒の涙が溢れ出した。「奈緒……。ごめんな。本当に、ごめん」

「パパ、ママのこと、お願いね。ママにはパパしかいないから…。ずっとパパがママを守ってね」

声が詰まり、何も言えない健太は、何度も頷いた。

しばらくして、健太は沙織に本心を打ち明けた。しかし、彼女は、彼の弱さに理解を示しつつも、「娘の命がかかっているのよ。父親なんだから、しっかりして」と檄を飛ばした。その後も、仕事を優先する彼の態度に、沙織はなじることが多くなっていった。

――沙織にはもう、何を話しても通じないな…。昔は、あんなに理解があったのに……

健太は、徐々に心の所在をなくし、歩み寄ることを諦めた。そして、心の痛みを共有しあえる拠り所を、他に求めるようになった。


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