第二章 忍び寄る疑念
健太は、佐竹宗家の家臣の末裔で、県内に広大な土地を所有していた。不動産業を営んでおり、沙織と住む家もその所有地の一部だった。
秋田市の閑静な住宅街に建つ手入れの行き届いた二階建ての家。庭には花が咲き乱れ、外観は品格を感じさせるが、中に入るとどこか重苦しい空気が漂っていた。
沙織はキッチンの窓から外を眺めていた。春が広がる平穏な風景は、その頃の彼女にとって、まるで遠い過去のもののように感じられた。
「ここ数年で何かが変わった気がする…」
心の中でつぶやくと、胸に不安が湧き上ってきた。結婚して十八年が経つが、健太と出会った時のことは今でも鮮明に覚えている。
当時、三十歳になったばかりの健太は、経営の多角化を目指し、地元の仲間と一緒に地熱発電所を運営する事業所の立ち上げに奔走していた。健太が所有する土地の一部から地熱貯留層が確認されたためだ。
その頃、市内の大手法律事務所に勤務していた沙織は、事務所が健太に法的な助言を行っていた関係で、この事業に関与していた。沙織より五歳年上だった上、日焼けした肌に人懐こそうな健太の風貌は、安心感を与えた。頻繁に顔を合わせるうち、彼との会話やその姿勢から感じ取れる温かさや誠実さに、沙織は強くひかれていった。
一方の健太も、地元の法曹界では美人と評判の沙織に一目ぼれ。さらに、誰に対しても謙虚で、思慮深い沙織は、男女問わず人気が高く、密かに狙っている男性陣も多かった。健太は、真っ直ぐに想いを打ち明け、沙織のハートを射止めた。
付き合い始めると、健太は毎日必ず沙織に連絡を入れ、少しでも時間が空けば会いに来た。あまりの過密スケジュールを心配すると、「沙織と一緒にいれば、力が漲ってくるし、何より癒されるんだ」と屈託なく笑った。
忘れもしない、十八年前の沙織の誕生日。健太が所有する山の山頂で、資源に依存しない再生可能エネルギーの開発にかける想い、将来の夢を熱く語りながら、プロポーズをされた。
「事業を成功させ、国内で二番目の秋田を、世界有数の発電設備容量になるまで押し上げたい。その夢を俺の隣で一緒に見てくれないか」
彼の笑顔、優しさ、誠実さ……当時の彼は、間違いなく理想の男性だった。しかしここ数年、次第にその笑顔はどこか作り物のように感じるようになり、彼の言動も次第に気になることが増えてきた。
健太の帰宅時間は遅くなり、週末の急な出張が増えた。最近は、以前にも増して仕事が忙しいと口にするようになった。以前なら一緒に食事をとりながら冗談を言い合ったりしたが、今は夕食時のふたりの会話はぎこちなく、どこか冷めた空気が漂っていた。
ある晩、沙織は、雲昌寺のあじさいを見に行こうと健太に声を掛けた。久しぶりに夫婦水入らずの時間を作ることで、疑念を払拭したかったからだ。しかし、健太は「仕事で忙しい」の一点張り。それでも沙織が粘って押してみたが、「子どもじゃないんだから、わがまま言うなよ」と突き放し、席を立って自室にこもってしまった。
そして数日前、友人からの一言がきっかけで、すべてが明るみになった。由利本荘市で健太を見かけたという報告。最初は、出張だと思っていた。しかし、女性とその子どもと一緒にいるところを何度も見かけたという話が、再び沙織の心に疑念を呼び起こした。




