山賊ストライカー
山奥の小さな集落、標高800mを超えるあたりに、ぽつんと建つ古い木造の家があった。
そこで暮らす佐藤岳人、25歳。
身長210cm、体重110kg。
髪はボサボサで、肩を越えて背中まで伸び放題。
鏡を見る習慣がないので、自分がどれだけ異様な外見をしているのか、本人はまるで気づいていない。
20年間、毎日欠かさずサッカーをしていた。
それは、そこで許された唯一の楽しみと執着。
相手は木に括りつけた古いタイヤネットのゴール。
ボールは最初は祖父が町から買ってきた本物のサッカーボールだったが、10年目でボロボロになり、今は祖父が昔使っていたゴム草履を何重にもガムテープで巻いた手製の“ボール”だ。
祖父はもう85歳。
昔、村の炭鉱で働いていた頃に少しだけサッカーを見たことがある程度で、「おまえのサッカーは山賊の蹴りみたいだ」と笑うのが日課だった。
ある日、祖父が町まで買い出しに行った帰り、珍しく興奮した顔で帰ってきた。
「岳人! これ見てみろ!」
祖父が差し出したのは、ボロボロに折りたたまれたチラシ。
地元のJ2リーグチーム「いわてプリデント」のトップチーム選抜テスト開催のお知らせだった。
「…俺が、サッカーチームに?」
「ああ、ものは試しだ。行ってこい!」
岳人はチラシをじっと見つめた。
そこには「夢を諦めないすべての人へ」と大きく書かれていた。
3日後。
岳人は山を下り、町のサッカー専用スタジアムに立っていた。
受付の若い女性スタッフが、岳人を見上げて固まった。
「……あの、選手登録ですか?」
「はい。佐藤岳人、25歳です」
「…え、はい、えっと…お名前確認させてください……」
周囲の受験者たちが一斉に振り返る。
普通の日本人男性の平均身長が171cmのこの国で、210cmの巨人がボサボサ頭で立っている光景は、まるで別次元の存在が紛れ込んだようだった。
ウォーミングアップの時点で異変が起きた。
普通の選手が軽くジョギングしている中、岳人が一歩踏み出すたびに地面が微かに震えるような錯覚を覚える。
パス練習では、軽く蹴ったつもりのボールがゴールポストの裏まで一直線に飛んでいった。
そして本番、紅白戦形式のテスト試合。
岳人が初めて相手DFと対峙した瞬間——
味方のFWがパスを出した。
岳人はワントラップもせず、右足を振り抜いた。
バァン!!
乾いた音がスタジアムに響き、ボールはまるで砲弾のようにゴールネットを突き破る勢いで吸い込まれた。
ゴールキーパーは動くことすらできず、呆然と立っていた。
「……え?」
審判が笛を吹くのを忘れていた。
次のプレー。
コーナーキック。
岳人がペナルティエリア内に立つと、相手DF3人が慌てて寄ってきた。
しかし岳人はただ静かに立っているだけ。
クロスが上がる。
岳人は軽くジャンプした——いや、普通の人にとっては「軽く」ではない。
頭ひとつどころか、胴体半分以上飛び出した高さで、まるでバスケットボールのダンクのようにヘディング。
ゴォォン!!
ボールはゴールバーを叩いて跳ね返り、ネットに突き刺さった。
スタジアムが一瞬、静まり返った。
監督席にいた50代半ばの監督が、ゆっくり立ち上がった。
「……あいつ、何者だ?」
テスト終了後。
控え室の前に監督が現れ、岳人を呼んだ。
「お前、今日まで何してたんだ?」
岳人は少し考えて、素直に答えた。
「…山で、ひとりで蹴ってました。20年くらい」
監督はしばらく黙って岳人の顔を見ていた。
そして、ふっと笑った。
「技術はゴミだ。戦術理解もゼロ。パスもトラップも壊滅的だ」
「……はい」
「でもな」
監督は岳人の胸を軽く叩いた。
その衝撃で普通の人間なら後ろに吹っ飛びそうな力だったが、岳人は微動だにしない。
「このチームに、誰も止められない怪物が必要なんだよ」
岳人は目を丸くした。
「俺……怪物、ですか?」
「ああ。とんでもない怪物だ」
監督はニヤリと笑って、こう続けた。
「明日から練習参加だ。
山に帰る前に、ちゃんと風呂入って髪切ってこい。
そのままじゃ、相手が怖がって試合にならねぇからな」
岳人は初めて、自分が笑っていることに気づいた。
ボサボサの髪の下で、
20年間、山の中でひとり夢見てきたものが、
ようやく本当のピッチに足を踏み入れる瞬間だった。




