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第九話

 先頭に立つのは、頭のない鎧。俗に言うデュラハンと言うやつだ。首元から漏れる青い炎が、不気味に揺らめいている。彼が抱えているのは、自分自身の頭だ。赤い瞳が、周囲を警戒するようにギラついている。

 彼が手綱を引く黒い馬も頭がなかった。


 その不気味な出で立ちは、彼がこの隊の隊長であることをアルトの直感が告げている。


「ルファ将軍……」


 その答え合わせをするように、隣のフェリスが不安そうに呟いた。

 やはり、狙いはフェリスなのだろう。彼女を見られるわけには行かないなと、背中の後ろに隠すように立つ。


 アルトは兵士一人一人の顔を確認するように、見ていく。違う、違うと心の中で数えながら目的の人物を探した。


「あーもー魔族くっさ~!」


 そのあまりにも聞き覚えのある声が耳に響いて、アルトの尻尾がピンと立った。その様子に気がついたのか、フェリスがこちらを見上げてくる。

 大丈夫と言い聞かせるように彼女の頭に手を置いたが、アルトの尻尾は心情とは裏腹に不安そうに揺れている。


 声を頼りに顔を向けると、デュラハン──ルファ将軍の横にいつの間にか彼女はいた。


 赤い三角帽子に赤いローブ。紫色のショートツインテに紫色の瞳。少し勝ち気に釣り上がった目にすぐため息を吐く癖。それに胸も背丈もないくせに態度だけはでかい雰囲気。間違いない、魔術師マリーナ・ミカエライアだ。

 アルトの記憶では、彼女はふっ飛ばされて崖から落ちて死んだはずだった。


「な~んであたしがこんな魔族の街に来ないといけないわけ?」

「……お主がフェリス様を望んだからであろう?」

「あんたたちが捕まえてくれるんじゃなかったの? 逆に殺られるってありえないんだけど〜? 本当に魔族って使えないザコよね」


 ルファ将軍の首の炎が不機嫌そうに火力を増していた。抱えている顔は、小さく唸って気難し気に口を引き結んでいる。


「あまり大きな声で言うものでないぞ?」

「なんで、そんなの知らないし? あんたらは私の研究のために“魔王の娘を差し出せばいいの”。わかった?」

「ううむ……」


 なるほど、確かにフェリスを実験材料にすれば良い魔法が作れるだろう。人類の発展と魔族の繁栄を阻止するという大義名分が同時に叶えられる好都合な一手だ。

 しかし、しかしだ……。


「……アルト?」

「大丈夫ですフェリス様。私が護りますから……」


 我欲のためだけに魔族と手を組んでまで目的を達成しようとする外道に、フェリスを渡すわけがなかった。

 

 フェリスを連れてゆっくりと人垣を下がっていく。人圧の離れた場所にフェリスを連れていき、一息ついた。


「私……狙われているんですね……?」


 その涙混じりの一言になんて返していいのか困り、静かに頷くしかできなかった。

 アルトの反応を受け取ると、彼女の尻尾が元気なく垂れ下がる。肩を落として、俯いてしまう。


「だったら……」


 それでもとフェリスは顔を上げた。


「父に言いましょう。父ならどうにかしてくれるはずです」


その言葉に、アルトはしっかりと目を合わせてから首を横に振った。


「魔族の王であるゼウネス様が、ルファ将軍の野心を知らないとでも? 彼は知ったうえでフェリス様を市井に送り出したんですよ?」

「それじゃあ……」

「ゼウネス様はきっとフェリス様を助けてはくれません」


 ゼウネスの想定外の部分は、きっとマリーナとルファ将軍が手を組んだところだけだろう。しかし、それでも野放しにしているということは、フェリスの次期王としての成長には、必要な壁だと思っているからだろう。

 つまり、ここでフェリスが死んでしまえばそれまでだったとゼウネスは割り切る非情さを持っている。


──と言っても、私を護衛に回すほどの親心も残っているようだけど……。


 アルトは完全に巻き込まれた形だと、天を仰いで絶望したい気持ちになる。


「……アルトは」


 俯いたままのフェリスが、ゆっくりと口を開いた。


「アルトは私の側にずっといてくれるんですよね?」


 袖を掴み、見上げてくる。

 その瞳は潤んでいた。不安で眉が垂れ下がっていた。

 それは反則だろうと、アルトは大きくため息をつく。


「いますよ。私はフェリス様を護るためにいますから」


 その言葉は、昨日までの自分なら決して出ない言葉だった。

 勇者としてじゃない。アルトとして、フェリスを助けたい。そう心から思ってしまっているのだから。


 自分自身の尻尾の揺れが、フェリスの尻尾の揺れと同調して動いているのに気がつく。顔を真っ赤にして、視線をそらした。


 どうやって切り抜けようかとアルトは思考を変える。ルファ将軍とマリーナは、ここで逃げたところで追いかけてくる。それはフェリスが生きている間は絶対に逃れられない運命だ。

 魔王の娘というのは、それほど重い。

 だからといって、戦うとなるのもまた違う。フェリスはそもそもそれを望んでいない。


「だったら……」


 しかし、思考を遮るように彼女は声を落とす。


「アルトが一緒なら……戦ってみます」


 その言葉に思わず驚いた。目を見開いて彼女を見つめる。

 すると、フェリスは視線を合わせながら笑った。


「……私が狙われる理由は分からない。でも、逃げるだけでは解決できない。……だから戦うしかないのでしょう?」

「……本当に大丈夫ですか?」

「怖いです。でも……逃げてばかりじゃ、もっと怖い未来が来る気がして」


 その言葉の重みは、計り知れない。

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