第八話
あんなこと言われて、ぐっすり眠れる男がいたら教えてほしい。いや、アルトは身体は女になっているわけだが……。そこを訂正している自分に気がついて、虚しくなった。
「朝か……」
窓から差し込む光を見て、彼女はため息をつく。目の下には眠れなくてクマができていた。
隣りにいるフェリスはぐっすり眠っている。しかもちゃっかり手を握って。
彼女の温度を感じながら、ちくしょう幸せそうに寝息を立てやがってと心の中で呟いた。
しかし、視界の端で揺れている自分の尻尾に気がついて、アルトは大きくため息をついた。心はごまかせても、体は誤魔化せないようだ。
あんなことを可愛い女の子から言われて、うらしくない男などいない。それが例え魔王の娘であってもだ。
脳内にゼウネスの顔が浮かび上がる。彼が満面の笑みで娘はやらん! と言ってるのを想像してから、頭を振った。
そんなことを考えている場合ではない。今は追っ手がいないかどうかを確認しなければならないのだから。
眠っている彼女の肩を揺らして起こす。
「……んみゅ」
なんとも可愛らしい声を漏らしてから、フェリスはゆっくりと体を起こした。目をこすり、アルトの顔を見る。
「おはようございます」
柔らかい笑顔を見せてから、頭をゆっくりと下げた。
フェリスは昨日よりもずっと自然に笑っている気がする。まるで、あの夜の言葉で何かが吹っ切れたように。
「フェリス様、街に出ましょうか?」
「……分かりました」
アルトの言葉を聞くと、彼女はパジャマをその場で脱ぎ始める。
大きな声を出しながら、アルトは部屋の外に飛び出す。
村でも同じことをしたなと、ドアにもたれながら大きなため息をついた。
※※※※※※※※※※
昨日は街中を落ち着いて見て回れなかったため、今日はフェリスと回ることにした。市井の流れを把握するのも、魔王の資質として必要だろう。
彼女は興味深そうに市場を見て回る。フードを深く被りながら、アルトの裾を一生懸命に引っ張ってくる。
「あれはなんですか?」
尋ねられて、彼女が指をさしている方を見た。
何かの串焼きを売っている屋台だ。人間の街では見たことのない異形なものに、アルトは顔を引きつらせる。しかし、匂いはおいしそうなところが実に悔しかった。
フェリスに引っ張られるようにして近づく。店主がこちらに気づくと、愛想よく応対してくれた。
結局彼女はアルトの分も含めて、二本買った。トカゲのような生き物の串焼きに、少し躊躇してしまう。
しかし、横にいるフェリスの熱視線に負けて、意を決するように口を含んだ。
ゴムのような歯触りに、噛むたびにプチプチと切れる繊維。何も味のしない肉に、無理矢理甘辛いタレを塗り込んだような味付け。控えめに言っておいしくない。
「どうですか?」
尋ねてくる彼女の目が少し輝いている気がする。思わず視線をそらして、口元を覆った。
少ししてニコリとフェリスのほうへ向いてから「おいしい」と言おうとしたが、喉の奥に詰まってまた口を押さえる。
その様子を見たにも関わらず、フェリスが一口食べる。彼女らしい小さな一口だ。
少しの間は無表情だったが、その後すぐに涙目になる。思った通り彼女の口には合わなかったようだ。
魔族でもこの味は普通ではないのだなと知って、アルトは胸を撫でおろした。
ふと大通りの方に顔を向ける。人々が集まって何かを見ていた。
人混みのすき間から見えたのは、大きな旗。そこには見たことのある紋章が掲げられている。
──ケンタウロスの肩についてたやつっ!
つまり、ルファ将軍の一団がこの街に来ているということだ。狙いは言われるまでもないだろう。
「……あれは……わっ!」
フェリスのフードに手を置いた。目深に被らされた彼女は、驚いたような声を上げる。
「ど、どうしたのですか?」
「ルファ将軍の隊がきてる」
静かにするようにと、人差し指を口元に添えた。彼女が小さく頷く。
アルトの服の裾を握る彼女の手に、力がこもる。肩が震え、尻尾が不安そうに揺れている
。フェリスからしたらなぜ自分が狙われているのか分からなくて怖いだろう。
ゼウネスの娘だからといったところで、彼女は理解できない。
ある意味それが魔王の娘の素質なのだろうなと思う。無垢だからこそ、余計な争いを避けられているといったところか。
そのせいでアルトが手を焼いてるっていう事実もあるのだが。
「少し近くに寄るけど良いですか? 確認したいことがありまして」
尋ねると、フェリスは肩が跳ねる。少し考えてから、コクリと頷いた。顔を隠すように彼女はフードを押さえる。
正直、フェリスを近づけるのはリスクがある。普段ならそう言う判断をアルトはしない。しかし、彼女は何を言っても離れようとはしないだろう。
だったら、近くに置いて気づかれないようにするのが一番だ。そのうえで確認したいことをさっと確認して離脱する。
魔術師マリーナの存在を。




