第七話
大きな街に、アルトはフェリスを運んだ。勇者として進んだ道のりでは立ち寄らなかったため、ここは比較的魔族が多くて驚いた。勇者の進行ルートに合わせて、ゼウネスが魔族を避難させていたことが伺える。
門の前にいた兵士たちに事情を聴かれると厄介だったので、アルトは石壁を乗り越えて侵入した。
これでも隠密は得意で、結界にも引っかからない術を知っている。
街に入ってしまえば、あとは一般人のフリをしてしまえばいい。
宿屋まで運ぶまでに街の雰囲気を見たが、人間の街と何ら変わりなかった。活気があり、生活があり、平和がある。こんな世界を見せられたら、自分は本当に合っていたのかと揺らいでしまう。
大きな街だけあって、宿屋はかなりの立派なものだった。見た目女の子同士の旅で別部屋を取るのもおかしかったので、一部屋だけ借りる。
部屋に入るとベッドにフェリスを寝かして、一息をついた。
彼女の顔をそっと見る。
ベッドで寝てる姿は、普通の少女そのものだ。きめ細かい白い肌は、手入れが行き届いている。人間の世界では、美少女と言われても納得の美形である。
角と尻尾がなければ、ほとんど人間と見分けがつかない。
しかし、脳裏に浮かぶのはあの巨大な光だ。彼女の潜在能力の恐ろしさは計り知れなかった。
ゼウネスが彼女に世界を見せようとしている理由も分かった気がする。強すぎる力は正しく導かなければならない。彼女は良くも悪くも純粋過ぎるのだ。
その純粋さは、城の中で過ごせば暴走のリスクがあるだろう。
「そして、私を彼女の護衛にした理由も……なんとなく分かった」
勇者として、次代の魔王候補が暴走する世界は見逃せない。自分が正しく導かなければ世界は終わる。
ゼウネスにそう突きつけられた気がする。
「何もかも魔王の思い通りかよ……」
悔しいが、自分の立場からして、彼の思惑に乗るしかなかった。
それよりも、アルトはもっと考えるべきことがある。
ケンタウロスが使った強化魔法についてだ。
マリーナが開発したあの魔法は、危険だからといって本人が自ら禁術に指定した。多くの人間が知りたがっていたが、ついぞ誰にも教えなかった。
なのに、その魔法を魔族が知っている。
「やっぱりそういうことだよな……」
マリーナが裏から手を引いている。考えたくない事実だが、それ以外は思いつかなかった。
考えすぎたアルトの頭の中はぐちゃぐちゃになる。「あーもー!」と大きな声を上げて、白い自分の髪を掻きむしった。
いくら考えてもわからないときはリラックスするに限る。お風呂に入って頭をリセットしようと、アルトは立ち上がった。
ところで、後ろから服を引っ張られて、よろけてベッドに座り直してしまった。振り返ると、フェリスが涙目でこちらを見ている。
「起きたんですね?」
事務的に尋ねると、彼女は少し黙っていた。気まずい沈黙のあと、フェリスはゆっくりと口を開く。
「……一人にしないでください」
その声は震えていた。彼女の服を掴む手に力がこもる。
無理もない。あんな仲間であるはずの魔族に敵意を向けられるには、フェリスは純粋すぎる。
「大丈夫、お風呂に入ってくるだけですよ」
そう言うが、彼女は手を離そうとしない。ゆっくりと起き上がると、揺れる瞳でこちらを見つめたまま、口を開いた。
「私も一緒に入ります」
その言葉を聞いた瞬間、アルトの尻尾がピンと伸びる。そのあと頭を垂れるように力なく曲がる。
「あ、あの冗談ですよね?」
その言葉に彼女は首を横に振るのだった。
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結論だけ先に言おう。
元男にとって、美少女の裸は刺激が強すぎる。しかも湯船につかると、フェリスは収まるようにアルトに体を預けてきた。
自身の胸に密着する彼女の背中が妙に柔らかい。肌白いなぁだとか髪が絹のように柔らかそうだなぁだとかの感想は一切浮かんでこなかった。
ただただ、彼女の体温を意識しないようにするしかない。剣術の修行よりも辛いことがあるなんて思わなかった。
顔を真っ赤にして目を逸らし、尻尾を忙しなく揺らしているアルト。そんな彼女を素知らぬ顔で、さらに密着を強めてくる。
角度的にフェリスの胸が見えそうになって、思わず自分の両頬を平手で打った。
「あの……ありがとうございました」
揺れる湯船に身を任せるフェリスは、小さく呟いた。
「な、なにが?」
「助けていただいて……こんな私を」
お礼を言うなら、もう少し離れてください。もちろん、アルトはそんなことは言えない。
「いや……これが私の責務……みたいなものですから」
「それでもです!」
彼女が立ち上がって振り返る。
白い華奢な線が、瞳に映った。胸はなだらかながら、しっかりと主張している。その形を見て、やっぱり女の子だなという感想を抱いてから、全力で視線を外に逃がした。
しかし、フェリスの追撃は止まらない。
彼女はアルトの体にぎゅっと抱きついてくる。裸同士で密着し、彼女の鼓動の音が伝わってくる。もしかしたら、こちらの心臓の音も彼女に聞かれているかもしれない。
あわあわしているアルトの耳元で、フェリスは静かに熱い吐息とともに言葉を漏らした。
「……頼りにしてますから、見捨てないでくださいね?」




