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第五話

 果たしてこれは一体どうすればいいのだろうか。

 アルトの腕にしがみついて寝ているフェリスを見て、困惑する。朝に目が覚めたときには、すでにこの状態だったのだ。


 こういうとき、アルトはどう振る舞えばいいのか分からない。

 勇者だった頃なら、こんな状況になった瞬間に魔術師から怒りの鉄槌が飛んできていたはずだ。


「フェリス様、起きてください……」


 頭の中で少し状況を整理したあと、彼女の体を揺らして起こすことにした。


「……んん」


 小さく眠そうな息を漏らすのは、人間の少女と変わりない。


 もぞもぞと動き出して、フェリスは大きな欠伸を漏らした。

 ベッドに女の子座りをして背筋を伸ばす。寝間着のすき間から、可愛いおヘソが見えた。


「おはようございます。アルト」


 アルトはふらふらと立ち上がり、窓際に手をついた。顔を覆い隠しながら、大きくなる鼓動を落ち着かせる。

 言い聞かせるごとに、自身の尻尾が左右に揺れる。そのたびに心の中の屈辱さが増してくる。


 落ち着けと言い聞かせて、五分はたった。心臓の音が整い始めた頃に、アルトは振り返る。


「うひあっ!?」


 思わず変な声を漏らす。無防備にも着替え始めて、上着を脱いでいたフェリスがいたからだ。

 

 顔が真っ赤になっているのを隠しながら、アルトは部屋から飛び出した。

 閉まったドアを背にしながら、ズルズルと足を抱えるように蹲る。


 フェリスと二人で過ごす時間は、アルトの心臓が持ちそうにない。



※※※※※※※※※※



「皆のもの、静かにせよ!」


 アルトも服を着替え終えたあと──フェリスに見られて赤面しながら──外から声が聞こえてきた。外のざわめきが気になって、窓から様子を確認する。


 広場では、鎧姿の魔族が数人ほど馬に乗っていた。ただ者じゃない雰囲気に、思わずアルトは身を屈める。


「昨日、オークの襲撃があったと聞いた。よって、ルファ将軍が警備をつけるとお達しがあった!」


 その言葉に、フェリスは手を合わせて微笑む。


「きっと父が応援をよこしてくれたのですね」


 そして、部屋から出ていこうとする彼女の手を掴んで止めた。とっさに出てしまった手を慌てて放す。

 真っ赤になった頬を、首を傾げるフェリスから隠した。


「どうしたのですか?」


 言って良いのか悩んでいると、彼女の純粋な瞳がこちらを見つめてくる。居たたまれなくなって、アルトは口を開いた。


「……このまま出ていくのは危険ですよ」

「どうしてですか? ルファ将軍といえば、父から北方を任されている頼りになる人ですよ?」

「……その、北方を任されてる人が、なんでこんな辺鄙な村で起こったオークの襲撃を知っているんですか? なんでオークの襲撃如きで辺鄙な村を護ろうとするんですか?」


 アルトの問いに、フェリスはえーとと困ったように眉を歪めていた。

 その様子を見て、ガクリと肩を大きく落とす。


 少し冷静になり、なんで自分が魔王の娘を護っているのだという疑問が浮かんでくる。しかし、純粋すぎる彼女を見ていると、放っておけないと思ってしまうのだ。


「……とにかく、今は外に出ないほうがいいです」

「分かりました」


 コクリと彼女は頷く。ベッドに座り、杖を出した。

 それを握りしめてる姿は、人間の少女と見間違うほどの愛らしさがある。

 彼女の手は、自然と力が入っているようだった。


 アルトは再び、窓から外の様子を確認する。

 広場では唐突な来訪に、村人たちの姿が増えていた。彼らをどこか探るような目で、鎧の魔族たちは見渡している。


 特に目立つのは、ガタイが大きい牛頭のものだ。背負った武器はバトルアックスという両刃の斧であった。


「ミノタウロス……それもかなりの手練れ」


 人間の戦士が十人でも太刀打ちできるかどうか分からない雰囲気をまとっていた。何より、どこか見透かすような雰囲気をまとっている。

 ただ者ではないと、勇者の直感が告げている。


 強敵と戦う前は、この直感が必ず走ったものだ。


 視線が交わった気がした。鼓動が一度大きく鳴り、ヤバいと体を隠す。


「失礼、あそこの宿屋には誰かいますかな?」


 外から声が聞こえてくる。言ってくれるなよと、心臓の音を誤魔化すように心の中で祈る。

 静かにしてどうにかなるわけでもないが、自然と口元を覆ってしまう。

 尻尾は緊張するように伸び切っていた。端っこは微かに揺れている。


「えぇ、フェリス様がいらっしゃいます」


 その言葉に、大きく舌打ちをした。


「ばっかやろう!」


 別に言った人は悪気がないのは分かっている。それでも、悪態をつかずにはいられない。


 ベッドで不安そうにこちらを見つめているフェリスの手を取って、部屋から出ていった。


「あ、宿賃……」


 いまだにそんな些細なことを心配する彼女を無視して、廊下を突っ切る。引っ張られるままのフェリスは、状況が掴めずに少し怯えた顔をしていた。


 二階の窓からフェリスと手をつないだまま飛び出す。

 体勢を空中で整えて、彼女が怪我をしないように体を受け止めながら着地した。


「あ、あの……ありがとうございます?」


 フェリスはいまだに目を白黒させている。彼女が状況を飲み込むことは諦めたほうが良い。

 とにかく、アルトのすべきことは、できるだけ穏便にここを切り抜けることである。


「いたぞ! 追え!」


 殺意を隠す気がない声に、アルトして走り出す。

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