第二話
「うわあああああ!?」
アルベルトは大きな声を出して起きた。自分がベッドに寝ていたことに気がつき、安堵する。
「なんだ夢……か?」
しかし、自分の声がおかしいことに眉毛を寄せた。
やけに声が高い。喉の調子を整えるように鳴らしてみるが、変わらない。まるで女の子みたいな声だ。
視線を落とし、手を見る。白色だった肌は褐色となっていた。何より一回り以上に小さい。
体にかかった布団をはいだ。見えたのは、どこからどう見ても女の子の裸である。
胸の盛り上がりは少し薄め。しかし、触ってみると確かに柔らかさが返ってくる。体の曲線は武骨な筋肉質ではなく柔らかめだ。
おヘソから鼠径部のライン。さらにその下に視線をやろうとしたところで、これ以上はマズイと理性が止めた。
とにかく確認しないとと、慌ててベッドを降りる。普段の感覚で足をつこうとして、つんのめってしまった。
部屋中を視界でなぞる。どうやらここはどこかの町の宿屋のようだ。ベッドと棚と化粧台だけという簡素でどこか生活感が薄い。
化粧台についていた鏡をのぞき瞬間、息が止まる。
そこに映っていたのは、どこからどう見ても魔族の女の子だ。
白色のセミロングの髪に褐色の肌。赤色の大きな瞳に艶のある唇。鼻は小さく、輪郭は整っている。
頭に生えるのは黒い角で、触ると少しザラザラしている。背後で揺らめいているのは、悪魔のような先が尖った尻尾だった。
「い、いやいやいや……。いくら女の子になれてないからって、自分が魔族の女の子になってるなんてそんなことそんなこと……」
言葉尻が下がっていく。
吐く息の温かさにやたらと高い体温。そして、少し肌をなでる冷気の感覚がすべて本物だと物語っているような感じを受けた。
「……まじ? マジで“私”魔族の女になったの?」
言って、自分の一人称まで変わっていることに気がついて、思わず口を抑えた。
そんなとき、ノックもせずに誰かがドアを開ける。そこには、ローブを纏った女の子が立っていた。
白い肌に赤色の瞳。背丈は今の自分よりも頭一つ分小さい。白色のショートヘアがとても似合っているかわいい女の子だ。
アルベルトと同じような角や尻尾がついており、こちらを観察するように尻尾が揺れていた。
「“アルト”、起きたのですね」
「えっと……どちら様?」
「あぁ、まずは名乗らないとですね失礼しました」
彼女は深々と頭を下げてから、自身の胸元に手を置いた。
「私はフェリス。ゼウネスの長女で、体裁上はあなたの主人ということになっています」
「……は?」
「どうぞよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げる彼女。一方のアルベルトは状況がいまだに読み込めない。
「い、いやいやどうしてこうなってんの?」
「父に世界を見てこいと言われたものですから、その護衛兼従者としてあなたが選ばれました」
「いや、だって私は勇者だよ!?」
その言葉を聞いても、彼女は落ち着いたまま立っていた。赤い瞳は一切の揺らぎがない。
「はい、聞いてます。勇者にも矯正プログラムに丁度いいってことで」
「なんで魔王に矯正されないんといけないんだよ!」
頭を抱えて蹲る。
これが魔王に負けた罰だというのだろうか。こんな屈辱を受けるのなら、死んだほうがマシだった。
「……あの?」
涙を堪えているアルベルトの頭上から、フェリスは声をかける。
「魔王ってなんですか?」
※※※※※※※※※※
「……それで、なんでこうなっているか説明してくれますか……ふぇ、フェリス様……」
宿屋一階に併設されている酒場。丸テーブルの一つについた。
今にも叫びだしたいのを我慢しながら、悔しそうな表情でアルベルトはフェリスを見ている。
「なんでとはなんでしょう?」
フェリスは店員に飲み物を注文していた。よく見ると店員の女の人も魔族だ。
彼女は注文をメモに書くと、戻って行った。
「私が女魔族になってる理由とここにいる理由ですよ!」
叫ぶと騒々しかった酒場が一気に静まり返る。注目を払うように、咳払いをする。
「それは完全に私の魔力の影響ですね。アルトの魂に肉体を与えた副作用です」
彼女曰く、ゼウネスから従者として勇者の魂を預かったこと。そこから肉体を与えるためにフェリスとゼウネスの魔力に引っ張られてしまったこと。
よって出来上がったのが、アルトとフェリスとゼウネスの特徴を受け継いだ魔族だということだ。
「マジかよ……絶望だぁ……終わりだぁ……」
頭を抱えてる彼──彼女に対して、フェリスはどこか申し訳なさそうな息遣いをする。
「あ、あのお洋服は気に入らなかったですか?」
的はずれな質問に、アルベルトはため息をつきながら顔を上げた。
「気に入るか気に入らないかと言ったら気に入ってないな」
フェリスが用意したものは、女物の可愛い下着にゆったりとしたシャツ。それにフレアスカートというどこからどう見ても少女丸出しの服装だ。
着るときにかなりの抵抗をしたが、いざ着てしまえばなんてことはない。
そのことがまた、大きくアルベルトの心を傷つけた。
「……そうですか」
シュンと顔を俯かせるフェリスだが、アルベルトは頬杖をついて無視した。
直後、外が騒がしくなる。一人の通行人が入り口から顔を出す。
「オークが襲ってきた! みんな逃げろ!」
その言葉とともに、酒場内は一気に騒然とする。
「行きましょう!」
逆にフェリスは立ち上がった。少し鼻息荒く、よしと体の前で拳を作ってる。
「……行くってどこに?」
「オークを討伐するのです」
アルベルトの返答を聞く前に、彼女が手を引っ張っていく。
ちゃっかり頼んだ分の金貨を置いていくのを、フェリスは忘れていなかった。




