第十一話 終話
杖を構えるフェリスの体が震えている。今にでも泣き出して逃げ出してしまいそうだ。しかし、それでも地に足をつけて前を見据えている。
アルトがいるからという信頼の声が聞こえてきた気がした。
フェリスの方を横目で確認する。彼女の瞳が前を見据えている。
護る理由とはしては、それで充分だろう
応えないわけにはいかないなと、彼はルファ将軍の大剣を押し返す。彼女が握る剣は真っ黒に染まりきっていた。それを見て、もう戻れないなと心の中で苦笑する。
それでも良い。今の方が勇者の頃よりも何倍も心が軽いから。
後方に仰け反るルファ将軍は体勢を立て直そうと踏ん張っていた。その間に、アルトは剣を振る。
数十の斬撃が宙を飛ぶ。最初に駐屯所を奇襲したときの技だ。そのすべてが彼の身体にぶつかった。
傷ができ、血が飛ぶ。しかし、切り刻むことはできなかった。
ルファ将軍の強靭さが伝わってくる。彼が真っ当な将軍として過ごしていたなら、どれほどの人材になったか。
惜しいなと、心の中で漏らした。
「あたしの体を傷つけたなぁぁぁぁああああ!」
耳を貫いたのは、マリーナの叫び。彼女は天に杖を構えて魔法を上空に放った。
光の玉は、空中で弾ける。雨となって、光が降り注ぐ。
あれはただの魔術師が使う魔法とは格が違う。一つ一つが、一般人の防御魔法を貫通するほどの強さを誇る。何もしないまま体を晒したら、蜂の巣になって死んでしまう。
「ぷ、『プロテクト』!」
フェリスの掛け声とともに防御魔法が展開された。
光の雨は、彼女の魔法がすべて受け切る。
「なんで!? なんでなんでなんで!?」
その様子を見てか、マリーナが悔しそうに足を踏み鳴らす。
「魔族が光魔法っておかしいでしょ!? しかも、あたしの攻撃を防ぐほどの!?」
「それには私も同意する」
アルトの言葉に、小首を傾げながらフェリスがこちらを向く。
そんな彼女に誤魔化すように微笑んだ。
──フェリスは純真だ無垢だ。
だからこそ、人間ではなく“彼女が”光属性魔法に選ばれたのだろう。
もし女神がいるなら、真っ先に彼女へ微笑みかける。
「ふざけんな! ルファ、ひねりつぶせ!」
マリーナの指示を聞いたルファが、地面が揺れるほどの足音を上げる。雄叫びを上げる姿は、もう話が通じないだろう。
こうなった相手はどうすればいいかアルトは一番わかっている。圧倒的な力で捻じ伏せるのだ。
──かつて、“我が王ゼウネス様”に向けた私のように。
勇者アルベルトはもういない。自分は王ゼウネスの娘──フェリスを護る従者アルトだ。
短く息を吐いた。地を蹴り、軽やかに宙を舞う。
ルファ将軍の足元を崩し、体を斬り、落ちた頭を両断する。
首元から揺れていた炎が、パチっと音を立てて消えた。
「うそ……?」
動かなくなったルファ将軍を見て、マリーナは尻餅をつく。
ゆっくりとアルトは地面に着地をして、スカートを整えた。尻尾を短く揺らしながら、マリーナの元へと近寄る。
怯え見上げる彼女の首元に、剣先を突きつけた。
「あ、あたしを殺すと勇者アルベルトが黙ってないわよ!」
それでも他人の名前を借りてまで威勢を保とうとするあたり、変わらないなと大きくため息をつく。
「アルベルトは死んでるよ。ゼウネス様に呆気なく敗れて」
「う……あっ……」
「他に言いたいことはある?」
マリーナの瞳から光が消えた。完全に戦意喪失したようで、頭が項垂れる。
アルトは大きくため息をついて、剣をしまった。
「フェリス様、この人間をどうしますか?」
「ふぇ!?」
急に話を振られて、杖を握りしめていたフェリスは少しだけ飛び上がる。
可愛いなぁもうと、アルトは微笑んだ。
「フェリス様が勝ったんです。生かすも殺すもあなた様の自由ですよ」
「え、えっと……私は……──」
※※※※※※※※※※
街道を木の手錠と鎖の首輪をつけられたマリーナが歩いていく。その周囲には、街の兵士たちが厳戒態勢で貼り付いていた。
マリーナは魔力を全部奪われてこれから魔王城へと連れて行かれる。服もボロ布一枚という可哀相な出で立ちだ。
しかし、アルトは彼女に同情する余地は持っていなかった。すべてマリーナ自身から出た錆なのだ。
連れて行かれる彼女の後ろ姿を、フェリスと並びながら見ていた。魔王城では一体どういうことをさせられるのか分からない。もしかしたら更生と称して、アルトと同じく魔族にされるかもしれない。
それでも更生する姿が思い浮かばないのが、彼女のクズさを物語っている。
「あの、ありがとうございました……」
フェリスがアルトに頭を下げる。
「従者として当然のことをしたまでですよ」
「そう……ですか」
どこか残念そうな雰囲気は気のせいだろうか。
苦笑して誤魔化してると、尻尾にくすぐったさを感じる。慣れない感覚に、思わず背筋を伸ばした。
振り返ると、フェリスの尻尾がアルトの尻尾に巻き付いていた。
「え、えっと……フェリス様?」
「……本で読んだことがあります。尻尾のある魔族同士尻尾を絡め合うと、これからもお互いが離れることがないって」
「ぶっ!? そ、それって……」
アルトが吹き出したのを見て、フェリスは首を傾げた。
多分、彼女はこの動作の意味が分かっていないのだろう。でも、アルトにはなんとなく理解できてしまう。
しかし、あえて真実を言わぬまま、ただ尻尾を巻きつき返した。




