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今日も朱莉は絶好調!  作者: naomikoryo


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~押し売りさんと人の道~

〇鬼頭家・朝


(トースターがチンと鳴る音)


朱莉「あなたー!朝ごはんはパンにします?ご飯にします?

それとも…わ・た・し?」


真治「(新聞から目を離さず)パンでいい。」


朱莉「ちぇー。たまには乗ってきてくれてもいいのに。」


朱莉、こんがり焼けたトーストと、完璧な目玉焼き、サラダを真治の前に並べる。

そして、自信満々に一杯の緑色の液体を差し出した。


朱莉「はい、どうぞ!今日のスペシャルドリンク、『元気ハツラツ!ゴーヤとセロリとパセリのスムージー』よ!」


真治、緑色の液体を無言で見つめる。

グラスの縁には、なぜかパセリが丸ごと一本突き刺さっている。


真治「…なぜ、罰ゲームのような飲み物を朝から出すんだ。」


朱莉「体にいいのよ!ビタミンとミネラルが満点なんだから!さあ、一気に飲んで!」


真治、ため息を一つつき、スムージーを一口飲む。

そして、ピタリと動きを止めた。


真治「…あかり。これは、青汁の粉末も入っているな?」


朱莉「えへへ、よくわかったわね!サービスで3袋入れておいたわ!」


真治、静かにグラスをテーブルに置くと、朱莉が作った普通のコーヒーを手に取った。


真治「行ってくる。」


朱莉「あ、もう行っちゃうの!?スムージーは!?」


真治「それは、君が飲んで元気ハツラツになるといい。」


バタン、とドアが閉まる。

残された朱莉は、緑色のスムージーを前に首をかしげる。


朱莉「美味しいのになぁ…。」



〇社宅・井戸端会議


朱莉が廊下を掃除していると、田中夫人と鈴木夫人がひそひそ話をしている。


朱莉「あら、お二人さん、こんにちは!何をそんなに深刻な顔してるんです?」


鈴木「朱莉さん、聞いてちょうだい!最近、この社宅に変な押し売りが出るのよ!」


田中「そうなの…昨日もうちに来て、すっごく高い洗剤を売りつけられそうになったわ…。」


朱莉「まあ、物騒ね!どんな男なんです?」


鈴木「それが、なんだか冴えない感じの、若い男でね。口下手なんだけど、目が悲しそうで…断りきれなかった人もいるらしいのよ。」


朱莉「へぇー…。」


朱莉の目に、おせっかいの炎が静かに灯るのだった。



〇鬼頭家・昼下がり


(ピンポーン)


朱莉が昼食の片づけをしていると、インターホンが鳴る。

モニターを見ると、そこには噂の冴えない男が立っていた。


朱莉「(心の声)来たわね…!」


朱莉、ドアを開ける。


山田「(おどおどしながら)あ、あの…こんにちは。わたくし、スマイル・クリーン社の山田と申します。本日は、奥様に素晴らしい商品をご紹介したく…。」


男、山田は、大きなカバンから、やたらとキラキラしたボトルの洗剤を取り出した。


山田「こちらの『ミラクル・シャイン』はですね、どんな汚れも水だけで落とせる、魔法のような洗剤でして…。」


朱莉、腕を組んで山田の話を聞いている。

その目は、商品を品定めするのではなく、山田自身を観察している。


山田「(しどろもどろになりながら)…そ、それで、今ならこの三本セットが、たったの二万円で…。」


朱莉「(話を遮り)あなた、お腹すいてるでしょ。」


山田「へっ?」


朱莉「そんなんじゃ、売れるものも売れないわよ!ほら、入りなさい!」


朱莉、山田を強引に家の中に引き入れる。


山田「え、ちょ、奥さん!?俺は別に…!」


朱莉「いいからいいから!まずは腹ごしらえよ!」


朱莉、山田をダイニングテーブルに座らせると、残っていたカレーを温めて出す。

山田はあっけにとられながらも、あまりの空腹にカレーを夢中でかきこむ。


朱莉「(仁王立ちで)いいこと、山田くん。そんな悲壮感漂う顔で営業したって、誰も買ってくれないわ。」


山田「や、山田くんって…。」


朱莉「いい?私の旦那はね、この銀行の社宅の中でも、右に出る者はいないって言われるほどの、凄腕の営業課長なのよ!」


山田「は、はぁ…。」


朱莉「その妻である私も、いわば営業のプロ!あなたに、営業のイロハを叩き込んであげるわ!」


山田「(カレーを吹き出しそうになりながら)えええっ!?」


朱莉のスパルタ営業指導が始まった。


朱莉「まずは笑顔!口角を上げて!そう、割りばしをくわえる感じで!」


朱莉、無理やり山田の頬を持ち上げる。


朱莉「次は商品の魅力!この洗剤の良さを、体で表現するのよ!」


朱莉、洗剤を片手に、なぜか歌舞伎役者のような見得を切る。


朱莉「『ミラクル・シャイン』!その輝き、まさに奇跡ぃぃぃ!」


山田、完全に引いている。


朱莉「そして最後は誠意!誠意を見せるのよ!」


朱莉、財布を取り出し、山田に一万円を渡す。


朱莉「はい、これで一番安いのを一つ、私が買ってあげるわ!」


山田「お、奥さん…!?」


こうして、朱莉は胡散臭い洗剤を一つ手に入れ、代わりに押し売りの弟子(?)を一人手に入れたのだった。



〇商店街・肉の斎藤の前


朱莉「さあ、山田くん!ここが実践の場よ!私の顔に泥を塗らないでよね!」


朱莉は、山田を連れて商店街にやってきた。


山田「む、無理ですよ奥さん!こんなところで…!」


朱莉「大丈夫!私に任せなさい!」


朱莉、ずかずかと肉屋の斎藤さんの前へ。


朱莉「斎藤さん、こんにちは!ちょっとこの子の話、聞いてあげてくれない?」


斎藤「おや、朱莉ちゃん。そちらは?」


山田、朱莉に背中を押され、おずおずと前に出る。


山田「(震える声で)こ、こんにちは…!この『ミラクル・シャイン』は…その…奇跡の輝きで…。」


斎藤「(にこにこしながら)兄ちゃん、緊張してるのかい?まあ、座りなよ。」


斎藤さん、山田にパイプ椅子を勧める。


朱莉「(小声で)違う!座っちゃダメ!もっとこう、情熱的に!」


山田、朱莉に言われるがまま、急に立ち上がり大声を出す。


山田「情熱!パッション!ミラクルです!」


斎藤さん、きょとんとしている。

結局、商品は売れず、斎藤さんは「まあ、頑張りなよ」と、山田に揚げたてのコロッケを一つくれた。


山田、温かいコロッケを手に、うつむく。


山田「…うめぇ…。」


朱莉「でしょ!これが人情ってやつよ!」


その後も、八百屋では大将に「そんなもんより、大根でも売ってこい!」と一喝され、魚屋では「生臭いんだよ!」と追い払われ、山田の営業実践は散々たる結果に終わった。



〇鬼頭家・夕方


朱莉と山田、しょんぼりと社宅に帰ってくる。


朱莉「うーん、一筋縄ではいかないわね…。」


山田「もういいです、奥さん…。俺、やっぱり向いてないんすよ…。」


ガチャリ、と玄関のドアが開く。


真治「ただいま。」


スーツ姿の真治が、冷たい視線で山田を見ている。


真治「…どちら様ですか。」


空気が凍り付く。山田は蛇に睨まれた蛙のように固まっている。


朱莉「あ、あなた、お帰りなさい!この子は山田くん!私が一人前の営業マンに育ててるの!」


真治、朱莉の言葉を無視し、山田に一歩近づく。


真治「あなたが、最近この社宅に出入りしているという押し売りの方ですね。」


山田「ひっ…!」


真治、朱莉が買ってしまった『ミラクル・シャイン』を手に取る。


真治「この商品…成分表示が曖昧だ。誇大広告で訴えられても文句は言えない。ボトルの製造元はすでに倒産している会社。そして、この値段設定…原価はせいぜい100円といったところか。」


真治の冷静かつ的確な分析に、山田は顔面蒼白になる。


真治「人を騙して稼いだ金で食う飯は、うまいか?」


山田「(ついに泣き崩れ)…うまく、ないです…!ごめんなさい!もうしません!だから、警察だけは…!」


朱莉、ハラハラしながら二人を見守る。


真治、深いため息をつくと、内ポケットから名刺入れを取り出した。


真治「…うちの銀行の取引先に、人手が足りていない運送会社がある。」


山田「え…?」


真治、山田に一枚の名刺を差し出す。


真治「社長には俺から話しておく。汗水たらして稼ぐことの意味を、そこで学んでこい。…いいな?」


山田、名刺を震える手で受け取り、号泣する。


山田「あ…ありがとうございます…!ありがとうございます…!」


朱莉も、思わず目に涙を浮かべる。


朱莉「あなた…!」


真治、照れ隠しのように顔をそむける。


真治「勘違いするな。これ以上、お前のおせっかいに付き合わされるのが面倒なだけだ。」



〇後日・商店街


数日後。商店街では、「フクナガ運送」と書かれた制服を着て、元気に荷物を運ぶ山田の姿があった。


山田「斎藤さん!お届け物でーす!」


斎藤「お!山田くん、ご苦労さん!精が出るねぇ!」


八百八の大将「おう、兄ちゃん!その調子だぜ!」


魚辰の大将「今度、うまい魚食わせてやるからな!」


商店街の人々に見守られ、生き生きと働く山田。

その様子を、朱莉が満足げに眺めている。



〇鬼頭家・食卓


その日の夜。


朱莉「ねえ、あなた。山田くんのこと、本当にありがとう!あなたって、本当はすっごく優しいのね!」


朱莉、真治の背中に抱きつく。


真治「(鬱陶しそうに)やめろ、暑苦しい。それより、今日の味噌汁は味がしないぞ。」


朱莉「え!?うそ!あーっ!お味噌、入れ忘れちゃった!てへっ!」


真治の盛大なため息が、部屋に響く。しかし、その横顔は、どこか優しく微笑んでいるようだった。

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