中編
『1週間宣言』から3時間後、雨栗は寮務室のPC で過去の画像を片っ端から開いて調査していた。
あの宣言の後、上浜には着替えや学習用具等を他の部屋に移してもらい、その間に雨栗は寮生専用のSNSチャットで今回の件の概要や禁止事項、破った場合のペナルティについて掲示した。
そしてサンプルとしてキノコをいくらか採取した後、有志数人で畳をビニールで覆った。
万が一、カエンタケのように触れるのも危険である可能性を考慮し、コロナ流行時に学校から給付されたビニール手袋と簡易防護服を身に付けての作業だった。
なんだかんだ言いながら作業に加わった戸釜はさすがに1階フロア長というところか。
その後、廊下から部屋のドアを目張りした。
築50年を越える隙間だらけの建物では気休めのようなものかもしれないが。
「あった……これで特定できる」
雨栗は画像データの中から探していた証拠画像を見つけ、一息つく。
しかし証拠集めはまだ始まったばかりだ。
「……間に合わないかもしれんな。1週間……いや最初から分かっていたことだ」
この寮では余程の理由がない限り、問題や揉め事については1週間に期限を区切って根拠を集め、論点を整理して幹部会義や寮生集会で討論し、決定する慣習があった。
さすがにあれ以上は延ばせない。
「本当に寮の危機なんだがな」
戸釜に反論した際の『廃寮の可能性』は他の寮生にはピンときていないようだった。
しかし、寮長として大学側と交渉することの多い雨栗は大学が廃寮を考えていることを強く感じていた。
寮生が定員の四分の一を割っているのだ。
寮がその役割を終えたと判断されても仕方ない。
しかし、雨栗はこの安価な寮以外に行き場がないほど経済的に苦しい一部の寮生たちを知っている。
将来、そのような後輩達が入学したときの居場所を無くしたくなかった。
更に過去のデータから証拠を探そうとしたところで廊下の足音に気付く。
やがてノックの音が鳴る。
「いいぞ、入ってくれ」
「……失礼します」
入ってきたのは1年生の日柿だった。
さっきの騒ぎのなかで1人だけ冷静に部屋を観察していたのが印象的だった。
その後の封鎖作業も手伝ってくれている。
「……先程は済みません。自分も雨栗さんと同じくあれは生物学的現象だと思っていたんですが言い出せなくて」
「謝ることはない。あの場の空気じゃ仕方ないだろう」
そこで日柿は部屋の隅のキノコが入ったビニール袋に目を移した。
「……自分は環境調査の会社に伝手があるのであのキノコの調査を依頼できます。サンプルの送付キットも持ってますし。それに自分でもキノコの培養経験はあります。お役に立てるかと」
「本当か!?依頼料は俺が払うから是非頼む!」
今日は日曜なので、明日になったらどこかの調査会社にキノコの調査を受けてもらえないか連絡するつもりだったが、正直1週間後には間に合わないかと雨栗は諦めかけていたのだ。
「面倒を掛けてすまないが」
「……いえ、自分もこの寮に無くなってほしくありませんので」
少なくとも一人は雨栗の危惧を共有してくれる寮生がいたようだった。
◇◆◇
一週間後
寮務室には寮長の雨栗、一階フロア長の戸釜、二回フロア長の元川、三階フロア長の敷島、当事者の上浜、そして日柿の6人が集合していた。
「雨栗!てめえどこ行ってたんだ!」
「寮を空けることが多かったのは済まない。電話だと聞きにくいこともあってな。直接話を聞きに行く必要があった」
「まあ、落ち着けって。すまねえな雨栗。戸釜も退寮希望者引き止めたりで大変だったんだ」
のっけから雨栗に突っかかる戸釜を元川が宥める。
「では早速報告に入らせてもらう。まず、噂の一つであるこの寮の建設時の死亡事故記録などはない。この件についてはこれ以上調べようもない」
「そりゃそうだろうがそれで納得できると思うか?」
「それについてはこの後の報告を聞いてから判断してもらおう」
戸釜の突っ込みを雨栗が軽くいなす。
「もう一つの噂であるあの部屋での寮生の死亡事故についても記録がない。これは信じてもらってもいいだろう。急性アル中で救急車を呼んだ記録なんかが残っているのに死亡事故を記録しないわけがない」
「つまりはこの件に人死にがどーとかってのは関係ないっていうのがお前の見解ってことだな」
そんな戸釜の確認に、雨栗の返答は意外なものだった。
「いいや。今回の件に人が亡くなったことは関係している」
「「「「はああああ!?」」」」