血迷った求婚者 1
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差し出された薔薇を、どうするべきだろうか。
「アドリーヌ・カンブリーヴ嬢、俺と、結婚してください‼」と言ったきり、目の前で跪いたままのフェヴァン様にわたしは途方に暮れる。
サロンの部屋の隅に控えているロビンソンも、想定外の展開に目をぱちくりとさせていた。
……うん、ひとまず、座らせよう。
このままだとわたしが居心地が悪い。
「フェヴァン様、理由をお聞かせ願いたいので、ひとまず、お座りになってくださいませんか? ……わかりました、花は受け取りますから」
もの言いたげな視線を向けられたので、差し出した手前後に引けないのだろうなと、わたしは赤い薔薇を受け取った。
……って、これ、エターナルローズじゃないの‼
受け取った瞬間にわたしはぎょっとする。
エターナルローズ。永遠の薔薇。
これは、魔術を用いた特別な環境で育てられた薔薇で、その名が意味する通り、枯れない薔薇だ。
王家秘蔵の薔薇でもあり、滅多に手に入れることができない代物である。
王族が、褒賞や何かで臣下に手渡す薔薇で、それを受け取ったら代々家宝としてガラスケースに入れて飾られるくらい貴重なものだった。
……なんでこんな貴重なものをしれっと渡してるのよこの人‼
受け取った手前、返すに返せない。
冷や汗をかいていると、わたしが戸惑っていることに気が付いたのか、フェヴァン様がソファに座ってにこりと微笑んだ。
「それは王太子殿下にもらったんだ。求婚しに行くと言えばくれた」
いやいや、くれた、なんて気軽に言っていいものじゃないでしょうよ!
王太子殿下も王太子殿下だ! 求婚に行く友人に気軽に上げていいものではないだろう。
フェヴァン様と王太子殿下は同じ年で仲がいいと言うのは社交界の噂である。
ゆえに、フェヴァン様に男色家の噂が立った時に、彼の想い人は王太子殿下ではないかという噂も、一部で立った。おそらく王家が圧力をかけてその噂を握りつぶしたのだろう、そちらの方はあまり広まらなかったようだが。
「あの、フェヴァン様……、何故突然わたしに求婚を?」
地味眼鏡の壁の花に、歩けばきらきらと光をまき散らしそうなフェヴァン様が求婚するなんて天地がひっくり返ってもあり得ない。
何か理由があるはずだと探るような視線を向ければ、フェヴァン様がしょんぼりと肩を落とした。
「だってほら、俺は君を傷つけただろう?」
……何この人、犬みたいでちょっと可愛いんだけど!
いい年の青年に可愛いも何もないかもしれないけれど、しょんぼりしているフェヴァン様は大型犬っぽくてなんか頭を撫でてあげたくなる。
「いや、傷つけたからって……」
「男なら、責任は取らなくてはならない」
侯爵も侯爵なら、フェヴァン様もフェヴァン様だ。その責任という言葉がそもそもの原因であの意味不明な婚約破棄劇場が生まれたのだと理解しているのだろうか。
「侯爵からお詫びもいただきましたし、これ以上責任を取っていただかなくても大丈夫ですよ」
わたしがやんわりと断れば、扉の近くに立っていたロビンソンが信じられないものを見るような目で瞠目した。
……こんな良縁はほかにないんだから受けとけって言いたそうね。
まあ、わたしも理由はどうあれこれが良縁であることは理解している。
何と言っても相手は宰相家。ルヴェシウス侯爵家の嫡男である。普通に生活していたら、こんな良縁なんて巡ってこない。
でも、なんか嫌だった。
責任を感じて結婚してもらっても、夫婦としてうまくやっていけると思えないからだ。
わたしは平平凡凡な顔立ちだけど、少しくらいは結婚にも夢を持っている。つい先日男寡に嫁いでもいいかななんて言っていたくせに何を言うんだと思われるかもしれないが、結婚相手との間には、恋はなくとも愛は生まれてほしいと考えているのだ。
責任の延長線上に、愛があるとは思えない。
「だ、だが、男の俺はいいとして……その、女性の君にとっては、不名誉極まりない噂だろう?」
「婚約していないのに婚約破棄された令嬢というやつですか? それとも、男に負けた伯爵令嬢という方でしょうか?」
「りょ、両方……」
フェヴァン様が小さくなってしまった。
ちょっと可哀想だったかしら?
おかしくなってくすりと笑うと、フェヴァン様が驚いたように目を見張る。
「確かに不名誉ですけど、もともと男性から声をかけられたことはないので今更と言えば今更なんです。しばらく領地に引きこもっていたら噂も落ち着くでしょうし、あまり気にしていません」
お姉様が聞いたら怒るだろうが、噂があってもなくても、わたしに求婚者なんて現れなかっただろう。そんな気がする。だから恥はかいたけれど、結婚という意味では関係ないのだ。
結婚市場では、わたしは売れ残りで買いたたかれても買い手がつかないような落ちこぼれなのだから。
「ええっと、それは何故?」
「何故って……」
「君は可愛いと思うよ」
面と向かって可愛いなんて言われたことがなかったわたしは、思わず両手で頬を押さえた。顔が燃えるように熱くなったからだ。
「な、何を言っているんですか?」
「何って、だから、君は可愛いって……」
「わーっ!」
このまま聞いていたらわたしの耳が馬鹿になりそうだった。
反射的に耳を押さえたわたしに、フェヴァン様は目を丸くして、それから笑った。
「真っ赤。うん、やっぱり可愛いと思うよ」
うぅ、耳を押さえているのに、その隙間を縫ってフェヴァン様の声が聞こえてくる。
ロビンソンに助けを求めたけれど、わたしの視線を微笑み一つで流した彼は、ぐっと親指を立てた。
……その親指は何⁉
笑ってないで助けてよ、と思ったが、あの顔は助けるつもりはさらさらなさそうだ。
フェヴァン様はまた立ち上がると、わたしの隣にやって来た。
狼狽えて逃げようとするわたしに手を伸ばして、眼鏡に触れる。
「前も思ったんだけど……」
そんなことを言いながら、フェヴァン様がわたしの眼鏡をはずした。
「やっぱり、度は入ってないよね? なんでこんな無粋なものをつけているんだ? 眼鏡がない方が、その綺麗な瞳がよく見えるし、いいと思うんだけど」
「ななななな何を言っているんですか⁉」
もはや、耳を押さえていてもあまり意味がない。
だけどなんか外してしまうと本当に耳が馬鹿になりそうで、わたしは両手で耳をガードするのをやめられなかった。
「そんな綺麗な濃い緑色の瞳は見たことがないよ。よく見ると、中にエメラルドグリーンの光彩が入るんだね。すごく綺麗だよ。ええっと、なんだっけ? そんな色の石を見たことがあるんだけど」
「……孔雀石?」
「ああ、そうそう、それ」
お姉様にもよく「孔雀石みたいで綺麗よ」と言ってもらっているけれど、家族の欲目で言われるのと他人から言われるのでは全然違う。
心臓がばくばくいっておかしいし、できることならこの場から走って逃げだしたい。
「それで、俺と結婚してくれる?」
「意味がわかりません!」
なにが「それで」だ。それでがどこにかかるか教えてほしい。
わたしはぜーはーぜーはーと運動してもいないのに息を荒くして、フェヴァン様をキッと睨みつけた。
「わ、わたしは! 責任をとって結婚とか言う男の人が、嫌いですっ!」
そう、昔、一人いたのだ。
同じことを言って、わたしをみじめにした、男が。
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「破滅回避の契約結婚だったはずなのに、お義兄様が笑顔で退路を塞いでくる!~意地悪お義兄様はときどき激甘~」
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