ヒロアキくんの水曜日
高校二年生の7月。
中途半端な時期に転入した学校には学年一、人気者な人がいた。
高間広秋くんは誰とでも明るく接していてクラスではムードメーカーを担っているようだった。
既に出来上がっていて絆も深めあっているであろうグループに突然来たやつが溶け込めるわけもなく一人でいるところを最初に声をかけてくれたのは高間くんだった。
「1人じゃ寂しいだろ?よかったらこっち来なよ。」
ニカッと笑ったその顔にじんわりと胸が暖かくなった気がした。
何かと気にかけてくれる高間くんを観察してるうちに分かったことはたくさんあった。
部活は何も入っていないが毎日どこかの部活の助っ人や練習相手として放課後は忙しくしていること。
気配り上手であるのにたまに発言がデリカシーがなかったりすること。
そのおかげか人気者でもあるのに関わらず恋人はおらず女子たちの恋バナで話を聞けば友達止まり出終わってしまうこと。
そんな忙しい彼はなぜかいつも水曜日だけは全ての頼まれ事を断って放課後に教室でボーッと窓の外を見ていること。
これについては誰に聞いても知らないようで本人に聞いてみた人曰くヒミツとのことだったとか。
彼にもゆっくりしたい日があるんだろうな、ぐらいで思っていたのだがある時ちゃんとした目的があったことが判明した。
「みんな聞いてよ!新情報!」
屋上でお昼ご飯をみんなで広げている最中に遅れてやってきた真由美ちゃんが慌てて飛び出してきた。
「何、どったの。ヒロアキが他校の女子から告られたか?」
「そうなの!みぃちゃんもしかしてテレパシー使える?」
「は?まじ?それどこ情報よ。」
「高間くん、他校の人にもモテるんだね。すごいなあ。」
3人は大慌てしていたが、私はのほほんとお弁当を食べる。
「でも落ち着いて欲しい、本題はここから。なんと、フラれちゃったんだって!好きな子がいるからって!」
私以外の全員がピタリと動きを止めてしまった。
「ヒロアキに好きな子がいる…?」
「もしかして、水曜の放課後って…。」
「はっ!そういうこと!?」
「高間くんいい人だもんね。好きな子ってどんな人だろうなあ。」
そんなお昼休みがあってから噂は広がり、高間くんの好きな人は誰だと皆が興味本位で探し始めてしまった。
そのせいかいつもはゆっくりできていたはずの水曜日の放課後も高間くんの好きな人が見れる日ではないかと憶測が立ち、水曜日の君と呼ばれて一目見ようと何人かが部活を休んで教室に残るという出来事があった。
多くの人に噂が流れても高間くんはなんでバレだんだろう、でも誰かは内緒とはぐらかしているようで私はひとつ疑問を持った。
もしかして告白する気はないのではないかと。
そんな時に美術の授業で学校の敷地内ならどこでもいいと風景画を描いてこいと放り出され、誰もいないところを目指し屋上へ行った。
綺麗な街並みが一望できたのでここにしようと決めたのだが、下書きをしている最中に転校前の学校が目につき思わず筆が止まってしまった。
「もう忘れてたと思ったのにな。」
時計を見れば時間はまだある。
別の場所にしようと下書きを消しゴムで消していると屋上の扉が開く音がした。
「よし、誰もいないな。って、あれ先客がいたか。」
現れた人物を見ると高間くんだった。
「人がいない方がいいんだよね?私、場所変えようとしてたからいいよ。」
「質問攻めにされてうざかっただけで成田さんなら大丈夫だよ。それにだいぶ下書き進んでたみたいなのに場所変えるとかもったいな……あ。いや、そうだよな。前の学校見るのしんどいよな。悪ぃ。」
下書きが止まった箇所に何があるのか気づいたようで謝罪されたがそれよりも気になることの方が多かった。
「私の前の学校知ってたの?」
あはははと苦笑いで誤魔化そうとしていた高間くんががちりと動きが止まる。
こんなにわかりやすい人がいるだろうかと思うほど動揺しててモヤモヤとした黒い感情が消えていった。
「いや、あの、えっと……それは、だな。あー、言うつもりなかったんだけどなあ。」
一呼吸おいて私の隣に座った高間くんはこちらを見ることなく話してくれた。
「成田さんが転校してくる前からすぐ近くの女子校に通ってたのは知ってた。名前までは知らなかったけど、偶然見たんだ。雨も降ってない秋に全身ずぶ濡れで帰ってた日あったよね?その日たまたま何も頼まれなかった日で何しようかなって教室でボーッと考えてた時に窓から見えてさ。何があったんだろうって知らない人なのにその人のこと心配してたんだ。その次の日には見れなかったけど水曜日だけは帰るところ見れたからいつの間にか水曜日は見守る日になってたんだよな。」
見られてたんだ。
しかもその日の1回だけじゃなくてずっと。
カーッと顔が熱くなるのが自分でも分かり、思わず画板で顔を隠してしまった。
「そっからしばらくして水曜日も見えなくなったと思ったら今度は同じ教室に来て俺もびっくりしたよ。来た当初は雰囲気暗かったけど今は楽しそうに笑ってて安心したな。習慣になってたから水曜の日課だけはやめられなくて、校門通って帰ってく背中見て今日は楽しかったかなとか話できなかったのかなとか考えてたんだよな。マジごめん、俺自分でもキモすぎて言うつもりなかったんだ。」
「そう、だったんだ。じゃあ、もしかして水曜日の君って私のことだったんだね。じゃあ好きな人のこと水曜日の君って言うの変えた方がいいよね。両思いだった時に相手が勘違いしちゃうよね。」
画板を少し下げて、申し訳なさそうにしてる高間くんを見る。
「えっ!?あー、えーっと、それは…訂正しなくてもいい、かなーなんつって……。」
「え、どうして?」
「どうしてって言われても。え、これで伝わらないことある?俺的に頑張ったんだけど。」
はぁ、と頭を抱えてしまった高間くんに首を傾げた。
高間くんの好きな人は水曜日だけ現れると思われていたが実際は私を見守っていただけで好きな人とは何の関係もなかったということだと思ったのだけれど、どういうことだろう?
「考えてもしゃーない!成田さん。」
正座してこちらを真正面から見てくる高間くんに思わず私も正座して背中をピンと伸ばす。
「俺、あの頃にうちの学校に来れば毎日笑わせてあげるのになってぐらいには成田さんのこと考えてて、今は毎日俺のこと考えていっぱいになってて欲しいってぐらいに成田さんのこと好きなんだけど。」
「はい。」
「俺と付き合ってくれませんか。」
「は……、え?」
思わず返事をしそうになってしまったが、我に返り聞き返してしまった。
「あの、えっと、え?」
「俺は成田さんのこと恋愛的な意味で好きです。」
「あ、はい。ありがとうございます?」
「成田さんは俺のこと嫌い?」
子犬のような視線に首がもげそうな程、横に振った。
「まさかそんな訳!沢山助けてもらっててマイナスな感情は一切持ち合わせておりません!」
「はは。なんで敬語なんだよ。」
高間くんの笑いで張り詰めていた空気が消えた。
「じゃあ、お試しでいい。俺と付き合ってくれない?その間に好きにさせるから。」
強気な発言に呆気にとられるが、頷く。
「わ、私でよければよろしくお願いします。」
返事をするや否やガバリと高間くんの腕に包まれてしまう。
「はあ、よかったぁ。成田さんモテるから伝える気ない癖に誰かに取られるんじゃないかってビビってたんだよな。」
「私がモテる!?」
「そうだよ。成田さんうちの学年にはいないタイプの清楚系で人気なんだよ。俺は女子校出身なの知ってたけど他の奴ら知らないのに予想してたもんな。」
清楚系、私が?
どうも自分では当てはまらないように感じるのだが他の人からするとその部類に入るのだろう。
授業中だったことを思い出して2人して急いで描きあげる。
その後、急いで美術室に戻り難を逃れれば2人で帰ってきたことに多少質問攻めにあったが私が騒がれるのが苦手ということを理解してて今日あった出来事は内緒で、代わりに変な言い訳をしていたのだが高間くんだもんなとみんな笑って納得してくれていた。
それからヒロアキくんは水曜日に教室に残ることなくすぐ帰宅するようになった。
勢いで書き上げました。
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