STORIES 080: After only five years
STORIES 080
5年後のあなたは、どこで何をして暮らしている?
どんなふうに生きているのか具体的に想像して、誰にでもわかるように簡単明瞭に説明できるだろうか?
僕には、それはとても難しく思える。
かつては、10年ひと昔、などと言われていたが…
そんなに長いスパンでは区切れないくらい、この時代の移りゆく速度は速く、情報量も多い。
半年後の予測でも、僕にはとても難しい。
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過ぎ去った5年…
いや、10年間を振り返ってみる。
何度も変わった仕事も、住んだところも、出掛けた旅先の景色も、関わってきた人たちの顔も。
次から次へと現れては、飛ぶように去ってゆく。
いろんな事があり過ぎた。
混沌としてバラエティに富んだ記憶の断片たち。
まるで、薄暗い明け方の高速道路の風景のように…
ヘッドライトに切り取られた世界は、そのスピードに引きちぎられるみたいに、あっという間にバックミラーの彼方へと消えてゆく。
どれもこれも、予め見えていた未来なんかじゃない。
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その日、僕はお客さんの畑で施工していた。
僕がしゃがんで作業をしていると、90を越えたという爺さんがやってきて…
近くのビールケースを裏返して腰掛けると、慣れた語り部のように話し始めた。
九州の電力会社で副社長をしていた弟。
銀座で郵便局長をしていた息子。
外国の暮らしぶりと比べたら、日本は遅れている。
友人たちはみんなとっくに亡くなってしまった。
いろんな事があったんだよ。
しかし、あなたも遠くから来て大変だねぇ。
僕は作業の手は止めず、でも、ときどき大袈裟なくらいの相槌を打って見せながら…
いつ終わるともしれない、長い物語に耳を傾ける。
この話は3度目だろうか、4度目だっただろうか。
滞在期間中に何度か遭遇したシーン。
きっと今までにもたくさんの聴衆が…
彼の半生について、静かに聴き入ってきたのだろう。
お昼になると、彼はまた軽トラックに乗り込み、自分の運転で戻っていった。
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5年後の世界の僕は…
今の仕事を続けているだろうか。
この街に住み続けているだろうか。
健康を損なってはいないだろうか。
笑いながら毎日を過ごせているだろうか。
少しはギターの腕も上達しているだろうか。
息子は思い描いた夢に辿り着けただろうか。
僕はまだ生きているのだろうか。
日本だって、海の底に沈んでいるかもしれない。
何もわかりはしない。
だって今の僕は…
わずか1年前の僕からみても、まるで予想していなかったような毎日を送っているのだから。
そう、いろんな事がガラリと変わってしまっている。
自分の中では、ね。
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家に辿り着くまでの3時間半。
音楽プレイヤーに入れてある13,000曲くらいの楽曲を、ランダム再生で流し続ける。
好きな曲、ノリのいい曲、ドライブ向きな曲、聞き覚えのない洒落た曲…
たまに、とても気になる楽曲に出会う事がある。
どうして今まで気付いていなかったのだろう。
こんな名曲を、手元にずっと持っていたというのに。
5年前からか、10年も前からか。
そう。その存在に気付く事がなければ…
どんなに近くにいても
どんなに素晴らしくても
どんなに自分に合っていても
どんなに世界を変えてしまうものでも
意味などありはしない。
存在していないのと同じ。
でもそれが…
ある日突然、圧倒的な存在感を放ちながら、視界の真ん中に現れたりする。
予想外の出来事が、つまらない人生を彩る瞬間。
5年後の世界。
僕はまだ、あなたと顔を合わせているだろうか。