多重人格
夜。とある公園にて……。
「なあ、なあって」
「んー、もうちょいだから。あと少し」
「いや、飲みに行くんだろ? なんで公園なんだよ。久々に会ったんだし、ちゃんとしてなくてもいから、普通の店に」
「ま、ま、あ、ほらあそこ」
「うん? なに? あのベンチ? えー、あそこ? 人が座ってるし」
「そそ。ベンチというか、あれ、おれの彼女」
「え? は?」
「いやー、ついこの間付き合うことになってさぁ」
「え、へぇー! よかったじゃん。おめでとう」
「おう、ありがとう。でな、お前さ、確か心理学が得意だったろ? それで、ちょっと彼女を診てもらいたいというかさ」
「は? 心理学? ……あ、いや、いやいやいや無理だよ。得意というか何冊か本を読んだだけで、ただの趣味だよ。今通ってる大学でも専攻とかしてるわけでもないしよ。それに診るって何だよ。なんかあんの?」
「まぁまぁ、とにかくさ、頼むわ、頼む!」
「えぇー、てか飲みは? これが目的かよ」
と、彼は文句を垂れつつ、ベンチに座る女に近づいた。女は二人を見ると軽く微笑み、会釈をした。
彼は友人に小声で「普通そうじゃん」と囁いた。
「まあな。でも彼女、多重人格だって言うんだよ」
「多重人格!? お前、もう少し早めに詳しく話を、あ、どうもー友人の伊野です」
「笹原です……」
「まあまあ、あ、麻衣子は座ったままでいいよ。うん、そのままで」
「あ、今は小春だよ」
「お、おぉー、ほほぅ」
「ちょ、伊野。ちょっとこっちこい」
「あ? なんだよ」
「おぉーはやめろよ、お前」
「いや、悪い悪い。やってんなぁって」
「うん、顔ニヤついてるし、その感じビシビシ出てたから」
「小春だってよ。ふふっ。で、その麻衣子さんってのがお前と付き合った人なの?」
「ああ、そうだよ。おれから告白してな。まあ、その話はいいんだ。で、麻衣子が主人格でこの小春って子は基本人格。だよな? 麻衣、じゃなくて小春さん」
「うん」
「ふーん……うん? 主人格と基本人格?」
「そうなの。主人格の麻衣子は滅多に人前に出てこないの。だから、あたし小春が日常生活担当に」
「ふっ」
「おい、笑うなよ」
「いや、滅多に出てこないのによくお前と付き合えたな」
「ああ、まあ運が良かったんだな。いやぁ、ふふっ前々から彼女の明るい人柄がこう、おれの胸をあったかくな」
「いやそれ、小春って子じゃねーの? お前が好きになったの」
「いいんだよ今そんなことは。話にはまだ続きがあるんだから。で、彼女は七つの人格があってな」
「七つ!?」
「そう、ちょっと順番に自己紹介してくれるか?」
「うん。いいよ。まず私が小春で」
「どうも、彰人です。あ、男ね」
「……霞。女」
「琥珀です。性別はどちらともつかず」
「ウンモコンモ」
「暁に音と書いてアカネです。性別は曖昧で」
「麻衣子です……」
「と、いうわけでさ。あ、またこっち来て。……いや、彼女の前で大きな声で言えないんだけど、お前に彼女が本当に多重人格者かどうか見抜いてほしくてさ。もし本物だったらさ、やっぱりおれも覚悟決めるというかさ、初めてできた彼女だしそういうのに気をつけながら大事にしたいというか、でもやっぱりおれ自身もどこか疑っているというかまあ、いわゆる中二病的なさ、ちょっと直せるなら直してほしいし、でもやっぱり本物だったらあんま茶化した態度で接したくないというか、うん、それでフラれたりしたらさ、嫌じゃん? だからハッキリさせておきたいんだよね」
「いや、ん?」
「うん? どうした?」
「いや、なんかカッコつけた名前の中にさ」
「ああ、やっぱりカッコつけてるよなぁ。でも、それで偽物とはならないだろう? 逆にリアルっぽいというかさ、なんでも思春期、それこそ中学生の頃に他の人格が生まれたらしくてさ、ほら、それくらいの時期が一番ストレスで心に負荷がかかるだろ?
つらいことの肩代わりをしてもらうためにさ、でもそんなの代わられる人格側も嫌がるだろ? だから次々と人格を作り出しちゃうんだろうなぁ」
「いや、お前、さっきからすげー語るなぁ」
「まあな。一応、勉強はしてきてんだ。で、どうだ? 彼女は本物か? お前、特に女の心を読むのが得意なんだろ?」
「は? いや、別におれはそんなこと……」
「だってお前、中学生の時に」
「おい、その話はいいだろが。と、いうかさ、駄目だ。おれ、どうしても引っ掛かって駄目だ。お前の話全然頭に入って来なかったわ」
「え? なににだよ?」
「いや、ウンモコンモって何だよ! ちょい、ちょっと麻衣子さん」
「あ、今は彰人です。どーも」
「チッ、あのさ、ウンモコンモを出してくれない?」
「おいおい、急にどうしたよお前」
「いや、気になるだろ。ウンモコンモって」
「気になるって……お前それ、おい、いくら他の人格と言ってもおれの彼女だぞ」
「そういう気になるじゃねえよ!」
「あー、それはちょっと駄目です」
「えぇ、そこをなんとか、お願いしますよえっと彰人さん」
「あ、今は琥珀です」
「クソが」
「クソはやめろよ! おれの彼女だぞ!」
「あなたの彼女は麻衣子でボクじゃないですよ」
「ああ、うん。はい」
「お前もまあまあイラついてんじゃねーか」
「そ、そんなことねーし」
「いいからさ、ほら、出してよウンモコンモ! どういう経緯でできたんだよウンモコンモ!」
「だから駄目ですってば。それに人格ができた時の記憶はないんです。いつの間にかいたというか」
「ああ、そういう設定。まあ、いいからさ、出してよウンモコンモをさぁ」
「……危険なんです。くっ、今、必死に抑えてるところなんです!」
「いや、さっき普通に自己紹介してたじゃねーか!」
「なあ、もういいだろ」
「いや、ウンモコンモなんて名前出されたら食いつくだろ!」
「なあ、もういいから、ごめんな麻衣、じゃなくて琥珀くん」
「今は霞……」
「あ、そ」
「お前もちょっと嫌気がさしてるじゃねーか。なあ、ほら、アンタもそんなに顔を赤くしてさ、恥ずかしいならこれを機に辞めたら? いい加減そういうのは卒業してさ。こいつもいい奴だし、別にイジッたりしないしさ」
「あ、お前、あえて追い込んでいたのか」
「へへっ。案外、ズバッと言ったほうがいいんだよ。ショック療法というかさ」
「さすが、漆黒の心理魔術師だな!」
「うおい、おれの中学時代をイジるなよ! お前がそれじゃこの人も中二病卒業しづらいだ、ん? え、泣いている? そんなにプルプル震えて」
「お、お、お、抑えきれない……あ、あ、あ、ウンモコンモが、あ、あ、あ」
「は、え、え、目が光って、なんだこれ、え、地震!? 電気も、あ、あ」
「お、おい、空! あ、あれって」
「円盤……? え、人格ってまさか実験とか、植え付けられ、あ――」