変化する日常②
そしてあっという間に、放課後になった。
(椎名ナギの目的がわからない……)
一日中、海咲は注意深くナギを観察した。ナギの行動には、別段変わったところはなかった。授業をまったく聞いていないこと、やたら海咲に話しかけてくること、八限あった全ての授業の開始時に、5分程度のお笑いライブを披露したことに目をつぶれば、普通の学生をしていた。
「あーっ、のど枯れたっ。職員室で話題になったせいで、どの先生もお願いお願い言うて、僕の笑いをねだってきよるんやもんなぁ。いい加減ネタ切れやわ」
ひとりでそんなことをしゃべっていた。
(彼も魔法で記憶を書き換えられているだけ? 魔法を使った人物は他にいる?)
あまりにも脳天気なナギの様子を見ていると、そんな考えが浮かんできた。
らちが明かない。今日はもう家に帰ろう。海咲は帰りの身支度をととのえ席を立った。
「なぁ、海咲」
すると、教室を出ようとした海咲を、ナギが背後から呼びとめた。
「――自分、記憶が戻っとるんやろ?」
「っ」
突然の質問に、海咲が全身をこわばらせた。首筋にナイフを突きつけられたような気分だった。重たい緊張感が漂うなか、静かに海咲がふりかえった。
「いきなり知らんクラスメイトが増えてたら、そら驚くわな。何か僕のことで、知りたいことがあるなら答えるよ」
「目的は、何……?」
「なんや僕の目的が知りたいんか?」
ナギが笑みを浮かべた。嘲笑に見えた。
「そんなんすぐ分かるで。僕についてきたらな。ただし……行った先でひどい目にあうか合わんかは、海咲の実力次第や」
あからさまな挑発だった。海咲は怖じ気づくことなくうなずいた。
「わかった。ついていく」
危険と知りつつも、ナギの正体を見極める必要がった。
「さてさてさて。結果は~? 79点! アウトぉぉぉ!」
「あかん! めっちゃ惜しい!」
「それじゃあ、罰ゲームいってみよう! はい、飲んで飲んで飲んで!」
「うっわ。どないしよ。炭酸や選ぶんでなかった。うぶっ」
「「「飲んでッ飲んでッ」」」の掛け声に合わせて、ナギが手元のコーラを一気に飲みほした。空になったグラスを机に置くと、氷が「カランッ」と小気味良い音を立てる。
「「「イエエーイっ!」」」部屋の中が拍手に包まれた。
「………………何してるの?」
状況の飲みこめない海咲が、ナギに質問した。
「何って見ての通り。カラオケで80点以下を出したら、ドリンクバー一気飲みの罰ゲーム。手に汗握るカラオケバトルやん」
ナギに連れられて海咲がたどりついたのは、学校近くのカラオケボックスだった。案内された部屋には、すでに7人のクラスメイトたちがいた。海咲がナギと共に部屋に入り、席につく。歌ったり踊ったり、手拍子したり、タンバリンを振り回したり、元気にはしゃぐクラスメイトにかこまれた。戦闘を覚悟して身構えていたので、大きな肩透かしをくらった気分だった。
ちなみにナギは、そんな海咲をそっちのけにして、秒でクラスメイトのバカ騒ぎに加わり、マイクを握って声を張りあげていた。シャウトしまくりの熱唱だった。
「次、真田さんの番ね」
名前も知らない女子生徒が、海咲の前にタッチパネル式のリモコンを寄せてきた。
海咲はリモコンとナギの顔を交互にみくらべた。
「……何これ?」
「カラオケやん。やったことないん?」
「そうじゃなくて。行った先でひどい目にあうっていうのは?」
「カラオケで80点とる実力がない者には、ドリンク一気のみのひどい目のやで」
「ふざけないで!」
思わず、椅子から立ちあがった。
「あなたが目的を話すというから、わたしはついてきたの! これ以上はぐらかすなら、わたしにも考えがある!」
「「「…………」」」
海咲の怒声に部屋の中がしんと静まり返った。
「どうしたの? 真田さん。らしくないじゃん」
心配した女子生徒の一人が声をかけてくるが、海咲は取り合わない。
らしくないと言うが、その女子生徒は海咲のことをろくに知らないはずだった。もし、彼女が海咲について何か知っているとするなら、それは作られた記憶だ。
「真田さん、何か怒ってる?」
和やかなムードから一転。海咲の怒声で静まりかえったカラオケルームの中で、クラスメイトたちが不安げな声をあげた。
「ちゃうちゃう。これ、練習してる『ナギちゃんミサちゃん』お笑いライブのセリフやねん。いきなり漫才はじめるとか、海咲の天然っぷりにはかなわんな」
ナギがとってつけた説明をした。もちろん嘘だ。クラスメイト達は、不安げな目を、ナギと海咲にむけている。海咲は、ナギの言葉を否定も肯定もしなかった。そもそも海咲には、ここにいるクラスメイト達を相手にする理由がない。
海咲に睨まれて、「ふぅ」とナギがため息をついた。
「別に、はぐらかしてなんかおらんよ。これが僕の目的や」
「どういう意味?」
「分からん? ……全力で歌ってみたら、分かるかもしれんで?」
そういって、ナギがマイクをさしだしてきた。警戒した海咲はマイクを受けとらない。
「数年前に流行った『殿様サンバ』って曲は知ってる?」
「え……?」
海咲の前におかれたカラオケリモコンを、ナギが奪いとり、なれた手つきで液晶画面を操作した。曲が予約され、すぐに伴奏がはじまった。
「ちょ、ちょっと!」
「ほら、はじまるで。歌って! 歌って!」
ナギがグイグイとマイクをよせてくる。
「待って。わたしは歌なんか……」
「歌ったら僕の目的が分かるで」
「…………本当だね?」
「もちろんや」
真剣な表情で、海咲はマイクをにぎりしめた。
「♪殿様サンバ! 燃えろ本能寺! おのれ光秀! おのれ許さん、許さん! 許さんぞ!♪おのれおのれおのれおのれぇ!♪」
「「「♪オノレッ!♪」」」
クラスメイトに合いの手を入れられながら、海咲は殿様サンバを歌い切った。緊張しているせいで、歌声に妙な力が入ってしまった。
採点結果は、15点。
「うそぉ!? こんな低い得点はじめてみた! この採点ゲームで50点以下って出るの!?」
驚いた男子生徒がいった。
「赤点や! カラオケの単位が足らんから、海咲だけ夏休み補習や!」
ナギが騒ぎ出した。海咲の隣に座っていた女子生徒が、海咲の正面にあるテーブルに、飲み物のグラスをよせてきた。
「真田さん、飲み物何がいい?」
「一気飲みの罰ゲームやで」
「これ、アイスティー、ウーロン茶、コーラ、コーヒー……あ、ミルクとガムシロはこれね」
隣の女子生徒が飲み物の種類を教えてくれる。だが、この場に置かれた飲み物に手をつける気にはなれなかった。毒が仕込まれていないとも限らない。
海咲は静かにナギをにらんだ。
「じゃあ、ウーロン茶でいいかな?」
女子生徒の声が、少し上ずっていた。グラスをさしだされる。海咲は怖い顔のままだった。
「「「はい、飲んでッ。飲んでッ」」」
クラスメイト達の手拍子がはじまった。
しかし、海咲は動き出さない。
「あー……真田さん体調不良により、代打わたしー!」
すると、先ほどの女子生徒がグラスを手に取った。
場の空気を壊さないために、海咲にかわって飲み物を一気飲みするつもりなのだろう。
「待って!」
海咲はあわてて女子生徒からグラスを奪い取った。
毒が入っている可能性がある以上、他人にこの飲み物を飲ませるわけにはいかない。ここで自分が飲むことを拒否すれば、他の生徒が飲み物を飲む可能性がある。ならば、飲まないわけにはいかなかった。
仮に毒が入っていたとしても、海咲には魔法で解毒ができる。
「んぐっ……」
グラスに口をつけた瞬間、すさまじい苦みが海咲の舌をおそった。
この苦みは毒……? いや、違う。これは……。
「コーヒーじゃん、これっ……」
しかもブラックだった。
グラスの中身を飲み干して、海咲はうえっという嗚咽と共につぶやいた。
「ごめん、ウーロン茶こっちだった……」
女子生徒が申し訳なさそうに、別のグラスを差し出してきた。
「コーヒー苦手なの?」
「カフェオレしか飲めない……」
「なにそれ可愛い」
「見事な一気飲みやったな」
ナギが言った。
「「「いえええええいっ!」」」
何故か、男子生徒が声を張り上げた。マイクの音量よりうるさかった。
「口直しに何か飲む?」
女子生徒が海咲に他の飲み物をすすめてくれるが、海咲は手を付けないままに席を立った。
そして、ナギの隣にドカッと座る。
いつでも戦えるように身構えたまま、静かに質問した。
「隣におったルカちゃんとお喋りできてたやん。ええ感じやな」
「……本当に何が目的なの?」
低い声で、海咲が問う。
「僕の目的は海咲の友達になることや」
マイクの熱唱に音がかき消されるカラオケルームの中で、ナギが答えた。
「…………」
「そして、このクラスメイト達も全員友達にする」
「……は?」
まったく意味が分からなかった。
「どういう意味……?」
ニヤリ、と。ナギが笑った。海咲にはその笑顔が邪悪に見える。
「隠さんでええ。……昨日の神社でお賽銭して、友達が欲しいってお願いしたやんやろ?」
確かにお賽銭をしたのは覚えていたが、そんなことを願った記憶はなかった。
「わたしは別にそんなこと願ってない」
「えっ!?」
ナギがぎょっとした目をした。
「じゃあ、願いって何やったん?」
海咲はしばし考えこんだ。そういえば、自分は何を願ったのだろうか。思い出せなかった。
「何も願ってない……」
「何もってことはあれへんやろ。お賽銭しといて、お願いしてへんなんてことある?」
「真田さん、次何歌う?」
ナギにルカと呼ばれていた女子生徒が、デンモクを回してくる。
「今、それどころでないねん。僕が入れといたるわ」
反射的にデンモクを受け取ったナギがデンモクを操作して、曲名「キュートでめんご」を予約していた。
(え……。それ、わたしが歌うの……?)
「友だちが欲しいでないなら、願い事は何やったん?」
「だから、別に、何もお願いしなかったと思うけど……」
「そんなアホな」
ナギが首を横にふった。
「仮に友達が欲しいって、わたしが言ったとして、あなたとどう関係するっていうの?」
「言うたんやない。お願いしたんや」
「分かった。じゃあ、お願いしたってことでいいよ」
海咲の声に苛立ちがまじる。
「というか、わたしがお願いしたら何でもいうことをきくの?」
「タダではきけへんな。僕は安くないで」
海咲にてのひらを突き出して、ナギが不敵に笑った。
「五円以上のお賽銭に、二礼二拍手、お願い事をいうて、もう一回一礼や」
「ニレイニハクシュ?」
「二回おじぎしてから、二回手をパンパンって叩くってことや」
「そうすれば、わたしのいうことを何でもきくんだね」
海咲がサイフから五円玉をとりだす。
「バンッ」と机の上に五円玉を叩きつけ、立ちあがった。
そして、周囲の目も気にせずに二回頭をさげ、二回手をたたいた。
「なら、わたし以外の人の記憶をもとに戻して」
鋭い目でナギを睨みつけ、最後に一度頭を下げた。海咲は、ナギが要求に応じるとは思っていなかった。またはぐらかすなら、脅迫してでも本当の目的を吐かせるつもりだった。
「…………」
キョトンとした顔で、ナギが海咲をじっとみつめた。
そして、ナギの目から、ツッ――と、一筋の涙が流れた。
「何で泣くの!?」
突然のことに、海咲が目をまるくした。
「ごめん。こんなしっかりお参りされるのが久しぶりすぎて、感極まった」
ナギが手で顔をおおって、涙をかくす。
「これ貰うで? 紐つけてネックレスにしようかな」
ナギは五円玉を手にとって、大事そうにポケットにしまった。
「それで、わたしの要求は飲んでもらえるの?」
「ええよええよ。それぐらいならお安い御用や」
涙をぬぐったナギが、嬉しそうに微笑んだ。
「ほな、明日学校に行ったときにでも、皆にかけられた術は解くけんな」
あっさりとしたナギの態度に、海咲はおもわず肩から力がぬけた。しかし、まだ油断はならない。人は裏切る。口先だけの約束など、信用するわけにはいかなかった。
「次、真田さんだよ!」
すると、マイクが回されてきた。
イントロが始まって、『キュートでめんご』が流れ始める。
「え!? これ、わたしが歌うの!?」
「そうや! いけ海咲! 海咲はみんなのアイドルや!」
聞いたことのない曲だった。
ナギの様子も気になり、どうしていいかわからず、歌えずにオロオロしていると、他の女子生徒が別のマイクで歌ってくれた。
ここにいる生徒たちは、海咲に心を開こうとしているのだろう。
それでも仲良くなれないのは、海咲が心を開いていないからだ。
わかっていたけど、こんな状況で友達を作るなんてできなかった。