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異世界召喚はもういらない  作者: るぷるぷ
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異世界召喚その後の日常②




「ああ、もうっ。梅雨ってこれだから嫌いっ!」


 ある日の学校の帰り道。下校途中の海咲は突然のゲリラ豪雨に見舞われて、あわてて近くにあった神社の軒下に避難した。住宅地の間に、ぽつんと建った小さな社。海咲は、この神社の前の道路を二年以上通学路にしているが、今日までここが神社だと気がつかなかった。それほどに、存在感がなかった。しかし、壊れたり、汚れたりしている設備は見あたらなかった。


 建物は古いが、手入れがゆきとどいている。神社全体からは、そんな印象をうけた。

 雨粒の散弾が激しく屋根をたたく。海咲はハンカチを取り出して、前髪から滴る雫を拭いながら、空をみあげた。重たい雲が空をおおっていた。


「こりゃ、しばらく帰れそうにないか……」


 海咲はため息をついた。神社の前を、同じ高校の制服を着た二人組の男子達が走っていく。ずぶ濡れの顔を見合わせながら、きゃあきゃあと楽しそうな悲鳴をあげていた。


 傘がないなら足を止めて待てばいいのに。彼らがそうしないのは、一刻でも長く、今この時を遊んでいたいからなのだろう。海咲にもその気持ちは理解できた。


 留年する前は、海咲にも友達がいた。

 あの頃は何でもないことが楽しかったし、海咲も心から笑うことができた。


 あの頃の友達と過ごせたはずの時間は、異世界召喚に奪われた。二度と取りもどせない。


「いいなぁ、友達がいて……」


 思わず、ボソリと。口が勝手に、つぶやいた。

 雨はまだ止みそうにない。


 ふと、背後のお賽銭箱がちらりと、視界にはいった。雨が止むまで、やることもなかった。。

 海咲が神社に手を合わせたのは、ただの思いつきだった。財布から五円玉を取り出し、それを賽銭箱にほうりこむ。手を二回叩いて目を閉じた。


(どうか、わたしにもまた――)


 暗転した視界の中、心のなかで願い事を念じる。


(――友達が、できますように)



「ちゃうちゃう。お賽銭を捧げてから、二礼二拍手一礼するや。おじぎが先や」


 急に間近で声がして、海咲はギョッとして目をあけた。


 目の前は、小さな賽銭箱。そして、賽銭箱の向こう側、御神体の下駄がまつられている狭い社の中に、紺色のジャージを着た青年がいた。青年は窮屈そうに肩をちぢめながら、明らかに人間がはいることを目的としていないサイズの社の中から、這いだしてきた。


 大学生だろうか? 細身で、長い前髪が少しオタクっぽい印象だ。前髪の隙間に見え隠れするキリリとしたまなざしに、不思議な迫力があった。


「今、放り込んだの五円玉やね? それで、お願い事は何?」


 青年が、どこかの方言で話しかけてくる。気さくな声だった。


「……」


 しかし、驚いた海咲には返事をする余裕はなかった。社の中から人が出てきたのも驚きだったが、何よりも自分が彼の気配に気付かなかったことが信じられなかった。


 海咲は曲がりなりにも、異世界で魔王を討伐した英雄である。


 こと、戦いにおいては、プロフェッショナルである自覚があった。戦火の最中にあった異世界にすら、海咲に気配をさとられぬままに接近できる人間など、数えるほどしかいないだろう。


 ましてや、平和な日本にそんな事ができる人物がいようとは、想像もできなかった。


「何者なの……?」


 社から出てきた変質者っぽい青年に、警戒しつつ問いかけた。


「僕はシイナ……ああ、こっちじゃあ、椎名しいな ナギって名乗っとるよ」


 青年は椎名ナギと名乗った。話しぶりからして、明らかに偽名だ。


 社から出てきたナギは、賽銭箱に向かって、ゴソゴソとなにかを始めた。何をしているのかと思い、背中越しに手元を覗き込む。ナギは釣り針を結んだ糸を賽銭箱に垂らし、中のお賽銭を釣り上げようとしていた。


「賽銭泥棒……?」


「違う違う。僕な、ここの社にまつられてる付喪神から月5万円もらう約束してんねん。そんで、君のお願いを僕が叶える代わりに、さっきの五円玉を貰おうってだけやから」


 糸をひっぱったり、垂らしたりをくりかえす。釣り針に賽銭箱の中身はかからなかった。


「あかん。磁石にするべきやった……もうええわ」


 ナギが海咲に向き直る。目が合った海咲は、ビクンと肩をふるわせた。


「ほな、お嬢ちゃんのお願いを聞かせてくれる?」


 そう問いかけて、海咲を見たナギが目をまたたかせた。


「お嬢ちゃん! めっちゃシャツ透けてるで。これ着とき!」


 ナギはそう言って、紺色ジャージを脱ぐと、海咲に渡してきた。

 反射的に受け取ってしまう。


 ナギはジャージの下に何も着ていなかった。上半身裸になったナギは満面の笑みを浮かべ、腕を広げた。引き締まった体つきが惜しげもなくさらされる。


「それじゃ、改めて。お嬢ちゃんの願い事をきかせてくれる? 僕がバッチリ叶えるよ」


 気さくな笑顔だった。その姿は、変質者以外のなにものでもなかった。


「くっ」


 海咲は即座に踵を返し、雨の中をダッシュした。


「ああ、待って!」


 背後からナギの悲鳴みたいな声がきこえる。海咲は足を止めない。異世界でつちかった脚力をフル活用して、全力疾走。一目散に自宅へと逃げ帰った。門を開けて家の中に飛び込んで、玄関の鍵をしめた。足から力が抜けて、扉にもたれる。「ハァ」と、安堵のため息がでた。


「変質者って本当にいるんだ……」


 つぶやいた海咲は、自分が何か布きれを手に持っていることに気がついた。


「なにこれ……?」


 広げて見ると、それはナギが投げてよこしてきた紺色のジャージだった。

 海咲の表情がみるみる青ざめていく。


「どうしよう……持って帰っちゃった……」



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