異世界召喚はもういらない
(あれ……?)
気がつくと、海咲は小さな神社の境内に立っていた。小さな社の中に、下駄の御神体がまつられた神社だ。空を見上げると、雲ひとつない青空が広がっている。吹き抜けた風が、ほのかに夏の湿気を帯びていた。
「お疲れさまでした」
海咲の隣に、スーツ姿の女性が立っていた。
「あの……ナギは」
「シイナ様……いえ、椎名ナギは、無事です。傷は深かったようですが、命に別状はありません」
「そうですか……」
他にも色々と質問したいことがあった。しかし、思考がまとまらない。
海咲が次の言葉がでずに、四苦八苦していると、急にスーツ姿の女性が、海咲に向かって姿勢を正し、頭を下げた。
そして、言った。
「ありがとうございました」
深く、頭を下げられて、海咲はうろたえる。
「真田海咲さん。あなたの尽力のおかげで、私は大切な上司も友人も失わずにすみました」
「あの、わたしは別に何も……」
「何もしていないなんてことはありません。すべては、あなたの勇気と行動のおかげです」
「……頭を、上げてください」
年上の女性に頭を下げられるという経験は、いまだかつてなかった。
気恥ずかしくなって、顔を上げるように促すと、ようやくスーツ姿の女性は顔をあげてくれた。
「あの、ナギは今……?」
「神界で傷を癒やしています」
「そうですか……」
なんとなく、海咲は腕時計に目を落とした。そういえば、自分は学校に向かう途中だったはずだ。時刻はすでに昼の十二時を回っている。終業式はとっくに終わっていた。
スマートフォンが震える。ポケットから取り出して、画面を点けると、学友たちからメッセージが三十七件も入っていた。アプリを開いて、ざっと目をとおす。
内容を要約すると、『学校来なかったけど、寝坊?』『サボリ?』『元気なら、午後からボーリング行こう』『夏休み夏休みー』という話題だった。
「お出かけですか?」
スーツ姿の女性に声をかけられる。
「あ、すいません……」
つい、スマートフォンのメッセージに注意をそらしてしまったことに、謝罪した。
「かまいませんよ。ご友人ができたんですね」
スーツ姿の女性が、少しだけ嬉しそうな顔をした。
「私はいつでもここにいますから。何か、困ったことや悩みごと、頑張りたいことがあったら、お参りください。きっと力になりますよ」
そう告げたスーツ姿の女性は、海咲がまばたきをすると、音もなく消えてしまった。
きっと彼女の世界に帰ったのだろう。ナギもそこにいるのだろうか。
もしかすると、ナギはもう戻ってこないかもしれない。
直感的に、海咲は理解した。
(最後に、お別れぐらい言いたかったな……)
彼にはまだ、お礼も伝えていない。
少しだけ、胸が傷んだ。
ふと、思いつく。異世界に召喚されれば、またナギに会えるかもしれない。
すぐに海咲はその思いを払拭した。
助けられることが前提の関係など、フェアじゃない。それに海咲には、確信があった。
「困ったときに、助けってお願いすればいい。――きっと、ナギはきてくれる」
そうつぶやいて、神社の境内をでた。
仲のいいメンバーで作ったメッセージグループに、『今から、学校いく』と送信した。
学校に足をむけた。
海咲は一歩を踏み出した。
それから十五分ほど歩いて、学校に到着した。
校門の前に、見慣れた顔ぶれが並んでいる。
「海咲ー!」
ルカが海咲の姿をみつけて、大きく手をふった。
他の友人達が駆け寄ってきて、またたく間に海咲を取り囲んだ。
「どうしたんだよ、寝坊か?」
「うん。そんなとこ」
ソルティの質問に、海咲が返事をする。
和やかに迎えてくれたクラスメイトたちの姿を見て、学校に来てよかったと、思った。
「寝坊といえば、俺たちも変な夢をみたんだよ」
「夢?」
ソルティの言葉に、海咲がききかえすと、アカッシーが答えた。
「そうそう。なぜか終業式の最中にみんな寝ちゃってさ。夢見たんだよ。しかも全員同じ夢だよ。すごくない?」
「海咲も夢に出てたよね。手から氷みたいなの出して」
ルカの言葉に、ソルティーがふんふんとうなずく。そういえば、神界にルカがきていた。彼女たちは、先刻の戦いで、異世界の女神に神界に召喚されたのかと、理解する。
「それでさ。日本刀振り回して、きれいな女の人と戦ってたんだよな――ナギが」
ふと、ソルティがナギの名前を呼んだ。
海咲が目を瞬かせて、ソルティをみた。
「ナギを……覚えてるの?」
「え? ナギだろ? 何いってんだよ。忘れるわけないじゃん」
「そういえば、今日はナギ、来てないね。……あれ? ここ数日、顔見てなくない?」
そして、学友たちが、ナギはナギは? と、彼の名前を口に出した。
記憶が戻っていた。
「誰か連絡してみろよ。遊びに行くって言ったら、あいつ絶対来るぜ」
「待って。メッセージに既読がついてる」
学友たちが、スマートフォンを取り出して、画面に目を落とした。その時――。
「おーい、おまたせー! ボウリング行くんやってー?」
と、関西風なまりの声がきこえた。
海咲が声のほうをふりかえった。校舎に向かって走ってくる黒い影が見えた。もう真夏も近いというのに、季節外れの学ランを着て、軽い足取りでこちらにかけてくる。
「ナギっ!?」
「そうや。みんな大好きナギくんやで」
ヘラァとした笑みを浮かべて、ナギがこたえた。
ナギを歓迎する学友たち。海咲は、二歩ナギの方へ歩みよった。
「どうしてここに……?」
「遊びに行くんやったら、僕がおらな始まらんやろ?」
さも当然と言わんばかりの口調だった。
「だって、今……怪我を治してるって」
「あんな怪我、唾つけたら秒で治るわ」
「……」
海咲は、試しにナギのお腹を指で突いてみた。
「ア――――――――――――――――ッ!」
ナギが悲鳴を上げた。
まだ怪我は完治していないらしい。
様々な言葉が、海咲の胸中を渦巻く。何よりもまずは、守ってもらったお礼を言わなければと思った。
口を開きかけた海咲にむけて、ナギが手をさしだした。
「ほな、遊びに行こうか」
昼下がりの陽光が、続く道を照らしている。
そして二人は歩き出した。
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続きの構想はあるのですが、まだ制作には取りかかれてないです。
もし、希望する声があれば、書いていきたいと考えています。
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