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異世界召喚はもういらない  作者: るぷるぷ
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異世界召喚その後の日常①



 異世界召喚は憧れるようなものではない。

 それが海咲の1年と6ヶ月におよぶ、異世界での冒険の末に導き出された結論だった。

 これから学校が始まる。


 海咲が登校するのは、決まって始業の5分前、8時35分。

 すれ違う同学年の生徒とは、挨拶もかわさず、目も合わさず、ただひたすらに廊下を進んでいった。


 もう1年通うことになった『3年1組』の教室のドアに手をかけ、足を止めた。


 ドアに付いたのぞき窓のガラスに、海咲の姿が反射する。学校指定の制服を着た女子高生が、そこに映っていた。ひどい顔だった。

 フランス人である母親ゆずりの青い瞳が、よどんだ海みたいににごっている。表情には覇気がない。対照的に明るい色をした金髪のポニーテールが、顔の悲惨さを強調していた。


 また一日が始まる。

 憂鬱な一日が。


 のぞき窓の向こうからは、クラスメイト達の楽し気な笑い声がひびいてきた。その声に混じって、聴きたくもないうわさ話の声がきこえてきた。


「ねぇ、知ってる? 真田さんって政治家の息子に誘拐されて、何年も監禁されてたらしいよ。だから、あの失踪事件はニュースにもならなかったし、何年も学校に来てなかったのに退学にもならなかったんだって」

「え。本当に? 先輩は海外に拉致されてたっていってたけど」




「はぁ……」


 ため息で、気持ちをきりかえる。


 そして、わざとらしい音を立てて、教室のドアを乱暴にひらいた。

 滑車の走る音がして、教室内にいた全員が、一斉にこちらを振りかえってきた。


「…………」


 大声でざわついていた教室は、海咲の登場によって、潮が引くように静かになった。

 海咲は日本人の父と、フランス人の母との間に生まれたハーフだ。

 染髪禁止の進学校で、嫌でも目立つブロンドのポニーテール。少し釣り目がちな青い瞳。ハーフ特有の白い肌。海咲の身体的な特徴は、そのどれもが人の目をひくものだった。


 教室中の視線は、海咲にむけられたまま、動かなくなった。いちいちこちらを見ないでほしい。海咲は無言で窓際にある自分の席につくと、頬杖をついて窓の外をむいた。

 すると、再び教室がざわつきをとりもどす。


「真田さん。おはよう」


 隣の席の女子――名前も覚えていないクラスメイトが、こちらに挨拶をしてきた。

 海咲は、無表情のまま、彼女の方を振りかえった。


「オハヨウ」


 カタコトで返事をした。隣の席の女子は、満足して、海咲から視線を外した。彼女は毎朝、海咲に声を掛けてくる。しかし、それ以上会話をすることはなかった。


 始業まであと4分。教室では、自分よりも年下の同級生たちが、くだらない雑談に花を咲かしていた。窓の外では、濡れたグラウンドが陽の光に照らされていた。校門の付近を多くの生徒があるいている。卒業資格を得るまでの残り10ヶ月を、この教室で耐えなければいけない。


「あの、真田さん……」


 呼ばれて、視線を教室へ戻した。女子生徒が2人、机の前に立っていた。顔に見覚えがないので、別のクラスの人間だろう。彼女たちの目は好機の色に満ちていた。


「真田さんって、去年まで失踪しっそうしてたんだよね? 本当は何があったの?」


「何か、変わった事件に巻き込まれてたとか?」


 ああ、またか。と思う。

 海咲が異世界から帰還し、留年した上級生として学校に復学してから、好奇心に駆られて無遠慮に質問してくる手合いは何人もいた。


 最初はひどくわずらわしく思ったものだが、今はもう何も感じることはない。

 他人だから。他人が相手なら、いちいち相手をする必要もない。


「IchkannIhreWortenichtverstehenいちかんいれろうとにちばーさすていん

 早口でそう答えて、海咲は小首をかしげた。


 生まれ持ったブロンドのポニーテールが揺れて、青い瞳でまばたきをしてやると、二人の女子生徒は「ああ……ごめんなさい」とつぶやいて、海咲から離れていった。


 こんな時、フランス人の母から譲り受けた髪と目の色は役に立つ。自分自身は生まれも育ちも日本で、日本語以外の外国語は高校レベルの英語しか話せない、生粋の日本人だ。しかし、面倒な人間関係は、こうして日本語が堪能ではないふりをしていれば、回避することができた。


 先に述べたセリフは、以前ネットで調べて作ったドイツ語の文章だ。文法が正確かもわからない。それどころか、どんな意味の言葉だったかさえ忘れていた。


 それでも、人を遠ざける手段として、言葉の壁には、十分な効果があった。

 この2ヶ月の間に、興味本位で話しかけてくる後輩たちは減っていた。

 卒業まで高校に通い、遠くの大学に進学してから、人間関係は作り直せばいい。


 あとは10ヶ月の間、この学校と家を行き来するだけの生活を送れば、また人生の再スタートを切れる。海咲はそう思っていた。




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