滅ぶ異世界と日本の神様②
「こんなの、勝てるわけない……」
海咲は絶望を声にだした。
日本の神界に避難した海咲は、スーツ姿の女性が用いる『式神――臨りん』でナギの戦いを観ていた。スクリーンのように大きく広がった臨が、二人の戦いを映し出す。
繰り広げられる別次元の戦いは、目で追うことさえ困難なものだった。しかし、海咲の目からも、ナギが既に限界をむかえていることは、明らかだった。
「なんで……同じ神様なんでしょ……こんな一方的な……」
「信仰の力が、違いすぎるのです」
海咲の隣に立つ、スーツ姿の女性が答えた。
「人の信仰は、神に力を与えます。同じ世界の神が戦えば、より信仰をえている方が強いは、当たり前です……」
「ダメ。もう見てられない!」
海咲が、開きっぱなしの神界と神界を繋げる術の楕円形の門に、走りだす。
スーツ姿の女性が、海咲の手を掴んだ。
「行って、どうするおつもりですか?」
「こんな状況でジッとしてなんかいられない!」
「行ったところで、あなたが危険にさらされるだけです。結果は何も変えられません」
スーツ姿の女性が、苦渋に満ちた表情で言った。
「……」
海咲は、押し黙るほか、なかった。
わかっていた。
別次元の戦いを繰り広げる二人を前に、海咲の力はあまりにも小さい。
戦いに割って入ったところで、何かを成すことはできないだろう。
「何もできないから、何もするなって言うの……?」
「その通りです」
海咲が悔しさをかみしめた。
「ナギが死にそうになってるのに?」
「……」
スーツ姿の女性は、海咲の手を離さない。
「自分だけ安全な場所から、見てるだけなんてできない……」
消え入りそうな声で海咲がいった。
「だって、わたしがナギを巻き込んだんだ……」
「巻き込まれただけというのなら、お前も同じだろう――真田海咲」
ふと、異世界の女神が声をあげた。
スーツ姿の女性と、海咲の視線が異世界の女神をむいた。
二人と一緒に、ナギの戦いをみていた異世界の女神は、「これまでか……」と、干上がった声でつぶやいた。
「私をあの女神に差し出せ。私が死ねば、あやつらが戦う理由もないはずだ」
異世界の女神の言葉に、海咲は耳を疑った。
「よろしいのですか?」
「よくないわ。たわけ」
スーツ姿の女性に、異世界の女神が返答する。
「だが、どちらにせよあの男が殺されれば、結果は一緒だ……。今ならまだ止められる。私の自業自得に、あの男まで付き合わせる必要はあるまい」
スーツ姿の女性が、苦虫を噛み潰したように表情をゆがめた。
そして、深く異世界の女神に頭を下げる。
「感謝します」
「立てん。肩を貸せ」
スーツ姿の女性が、異世界の女神の腕を肩に回し、担ぎあげる。
海咲の頬を涙が伝った。
「何故、泣いている?」
異世界の女神が動きを止めた。
「貴様は、私が憎かったのではないのか?」
「……そうだよ……」
頬を伝った涙が、ぽたぽたと床に落ちる。
「あなたが憎かったし……それ以上に、恐ろしかった……。異世界なんて大嫌いだ……だけど……」
憎い相手に涙を見せるなど、正しい行動ではない。
それでも、海咲の涙は止まらなかった。
「私が命を懸けて救った異世界が、滅ぼされて平気なわけないじゃん……」
本心だった。
「私だけじゃない。異世界に召喚されたことがある人なら、誰だって、そう思うよ」
誰だってそう思う。
思わず発した言葉が、ふと、海咲の頭に引っかかった。
ナギや、単衣の女性の口ぶりから察するに、異世界に召喚された日本人は、海咲だけではない。今の日本には、海咲と同じように異世界召喚という経歴を隠し、生活をしている日本人が、少なくとも何人かはいるはずだった。
信仰の力が足りない。そう、スーツの女性が言った。
ナギを信じる人間が、ひとりでも増えれば、それはナギの力になる。
異世界の存亡をかけたこの戦いを知らないだけで――異世界を滅ぼしたくないと思う日本人は、海咲の他にもいるはずだった。
ならば、彼らをナギの味方につけることは、できるのではないか。
海咲は目元の涙を、乱暴にぬぐった。
スーツ姿の女性に担がれた、異世界の女神にむきなおる。
覇気のある声で、海咲がいった。
「お願い。ここに、できるだけ沢山の日本人を召喚して」
異世界の女神が、「は?」と、口を開いた。
つづけて、海咲がいった。
「わたしが皆を説得する。ナギを信じてもらえるように、お願いする! そうすれば、ナギは勝てるかもしれないんでしょう?」
海咲の言葉に、スーツ姿の女性がまゆをよせた。
「それは……、確かに信仰が増えれば、それはシイナ様の力になりますが……」
「だったら――」
「ですが、不可能です。突然呼び出されて、敵かも分からない相手を信じろなどと言われ……誰が耳を貸すというのですか?」
「わたしが何とかする!」
「何とかって、そんな……」
「無茶を言ってるのは、自分でも分かってる。だけど、今、行動しないと、きっとわたしは後悔する! だから、お願い――」
海咲の理論は、無茶苦茶だった。
自分でもどうするかなんて具体的な案があるわけではなかった。しかし、目の前で、海咲のために命を懸けて頑張ってくれているナギを前にして、願いを口にした自分自身が、何もせずにはいられなかった。
「わたしに、チャンスをちょうだい」
そして、異世界の女神がつぶやいた。
「簡易詠唱――『異世界召喚』」
日本の神界に、巨大な魔法陣が広がった。
まるで植物が芽生えるように、魔法陣の下から数えきれないほどの日本人が召喚される。
瞬く間に、日本の神界は、日本人であふれかえった。召喚された日本人は、とつぜん変わった目の前の景色に、三者三様の驚きの声をあげている。
「そこまで言うなら、やってみるがいい。ダメでもともとだ」
魔力を使い果たした異世界の女神が、呼吸を荒くしながら言った。
「ありがとう」
「礼を言われる筋合いはない」
海咲が動きだした。
「あれは何だ?」
日本人のひとりが声を上げた。
彼の指さす先に、臨の巨大なスクリーンがあった。スクリーンの先では、打ちひしがれたナギが映し出されている。
「何あれ、映画?」
海咲は、日本人たちの方を向き、頭上に手を突き上げた。
「簡易詠唱――『氷牙一閃』」
きしむ音とともに、巨大な氷柱が出現し、天を突いた。
目の前で起きた奇怪な現象に、日本人たちが唖然とする。目を疑う日本人たちの中に、海咲の魔法を見ても、動揺しない者が、何人かいた。きっと彼らは海咲と同じ、異世界帰りの日本人たちだ。海咲の言葉は、この場の全員に届くことはないのかもしれない。
だが、海咲と同じような経験をした異世界召喚の経験者が、ひとりでもいれば。
彼らになら――。
「お願い、たすけて!」
声を張り上げた。皆が、海咲に注目する。
「今、わたし達が命をかけて守った異世界が滅ぼうとしている! それを守るために、戦ってくれている人がいる!」
息が続く限り、声をはりあげた。
「きっと辛いこともたくさんあったと思う。どうしようもないぐらいに、憎んだこともあったと思う。だけど――それでも――、わたし達が、命をかけて救った異世界を――」
呼吸が苦しくなり、声がつっかえる。
「――滅ぼしていいわけがない!」
それでも、なんとかしぼりだした。
「だから、お願い――力を貸して!」
海咲が、声がかれるほどに叫んだ。
日本人たちに困惑の色が広がっていく。
「……」
皆、顔を見合わせて、目を瞬かせている。海咲の言葉は寝耳に水だったのだろう。突然、こんなところに呼び出され、意味の分からない御託を並べ立てられた。そんな顔をしていた。しかし、そんな中に――。
「ぽんっ」
と、小さな音が鳴った。
海咲の目には、日本人たちの中で、小さな火花が散ったのが確かに見えた。集められた日本人の中に、魔法を用いた者がいる。海咲と同じ、異世界帰りの日本人がいる。
「俺たちは、何をすればいい?」
誰かが言った。海咲がスーツ姿の女性を振り返る。
「シイナ様に向かって、二拍手です」
「二回、手を叩いて!」
海咲が声をはりあげた。
しかし――。
「――…………………………………………………………」
拍手の音が鳴らない。何故だ。先刻、異世界帰りの日本人がいることは確認した。状況の説明が足りないのか? なぜ、彼らは力を貸してくれない……?
集められた日本人の中に、疑心暗鬼に満ちた瞳がみえた。
「あ……」
とつぜん、魔法陣に飲みこまれて、わけの分からないお願いをされる。異世界召喚のセオリーだ。一度でも、異世界に召喚されたことがある人間なら、警戒して当然の状況だった。相手の感情は理解できる。ならば、どう説得する?
「お願い……信じて……。ナギを……わたしたちを助けて……」
一度抱いた不安は、状況の説明でくつがえせるようなものではない。消え入りそうな声で、うったることしか、海咲にはできなかった。
説得に失敗した。
絶望感から足に力が入らなくなって、海咲は床にひざをついた。
すると、日本人の中から――。
「――海咲?」
ききなれた、声がきこえた。
顔を上げる。視線の先――召喚された日本人の中に、ルカがいた。
ルカは群衆をかきわけて、先頭まで来た。膝をついたミサキの表情をまじまじとみつめる。
「やっぱり海咲だ。大丈夫?」
悲壮感に満ちた海咲の表情を見て、ルカが心配そうな声をあげた。
「えっと……あの男の子に、手をたたけばいいの?」
ルカは状況を何も理解できていないだろう。しかし、海咲の助けてという訴えに。
「ぱんぱんっ」
手を、たたいてくれた。さらに、ルカは隣にいた男の子を指でつっついた。
ルカに求められ、隣の男の子が手を叩いた。さらに拍手の音が連鎖していく。拍手の音は、じょじょに広がっていった。さざ波のように、音が広がる。
気が付くと、手を叩く音が鳴っていた。
ナギに対する信仰が、集まっていく。
その光景を、何度もまばたきをしながら、海咲はみていた。異世界の女神と、スーツの女性も、信じられないものを見るような目で、その光景をぼうぜんとながめていた。
海咲から感情があふれて、全身が震えるのをかんじた。
海咲が臨のスクリーンを振り返る。
(お願いナギ――負けないで)
心の中でそう願った。




