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異世界召喚はもういらない  作者: るぷるぷ
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滅ぶ異世界と日本の神様①

「そんなこと……とは、何の話でしょうか?」




 ナギの言葉に、ツキは無表情で、質問をかえした。




「そこの女神を、殺したらアカンって言うとんねん。異世界ごと滅ぼしてしまうなんて、いくらなんでもやりすぎや」




「……私はそうは思いません」


 ツキの視線が、自身に向けられた姫鶴の切っ先にむいた。




「……シイナ様こそ、何をなさっているのですか?」


 その声は、平静なものだったが、どこか怒りをはらんでいるようだった。




「私達の力は、氏子たちを守るためのものでしょう? なのに、あなたはどうして、私に刀を向けているのですか?」




 ツキが、目を細める。




「座敷牢に閉じ込めたことの仕返しと言うのなら構いませんが……、もし、その刀が、異世界召喚をよしとする意味をはらんでいるのなら……」




 ツキが、ゆっくりとした動作で、日本刀を振り上げた。


 視線が、ナギから足もとに転がる異世界の女神へうつる。そして、ツキは、


「私と剣を交えることも、やむなしですよ」


 異世界の女神の後頭部を目掛け、日本刀を振り下ろし――。








「――やめて!」


 薄暗い室内に、若い女の声がひびいた。




 異世界の女神の首をはねる直前で、ツキが刃をとめた。




 ツキが声の方をむいた。ナギの後ろには神界を繋げる術で形成された楕円形の門があった。その向こうから、下駄の付喪神と海咲が現れた。




 海咲は、引きつった顔のまま、ツキにうったえた。


「お願いします。異世界を滅ぼさないでください……」


 ツキは、表情を変えなかったが、わずかに瞳の色がゆらいだ。




「異世界は、決して物語の中に描かれたような、都合の良い世界ではないのですよ」


「分かっています。だけど……」


 海咲が、迷子の子供のような声でいった。




「そこに生きている人たちもいるのに、異世界が滅んでしまえなんて、思えない……」


「……あなたの願いは分かりました」


 ツキが、静かに答える。




「ですが、これはもうあなただけの問題ではありません。今、ここで、この女神を殺すことは、これから先におこりえる、たくさんの悲劇を避けることにつながるんです」




 再び日本刀があがる。そして、異世界の女神の首をはねるべく、ふりおろされた。




「ダメ――」


 きらめく刃をみて、海咲は手をのばした。もちろん届くような距離ではない。




 振り下ろされた刃は、確実に異世界の女神の命をかりとった――かに、思えた。




「――させん」


 いつの間にか、ツキに接近したナギが、日本刀の刃が落ちるよりも速く、異世界の女神の首根っこを掴んでひっぱった。




「う、わぁ……!」


 異世界の女神が、間のぬけた悲鳴をあげて、ナギに引きずられる。




 空を切った日本刀の切っ先が、床を浅く斬った。




 そして、ナギは異世界の女神を掴んだまま、部屋の隅までとんだ。




 床の上に異世界の女神をおろす。




 下駄の付喪神が、すかさず異世界の女神にかけよって、怪我の具合を確認する。




「ナギ……」






 海咲が安堵するような声をあげたのも、つかの間。






「伏せろ!」


 ふりむきざまに、ナギが叫んだ。




 同時に、ツキが日本刀をふりぬいた。




 凄まじいかまいたちが、薄暗い室内をかけぬけ、神殿の壁と天井を木っ端みじんに切りさいた。同時に、突風がふきあれ、砂塵となった建造物をさらう。




 破壊された天井の向こうには星空が広がっていた。




 突風に目をあけていられなくなった海咲が、身を小さくする。




「海咲!」


 ナギが背後の海咲をかえりみる。




 ナギの視界が、ツキから外れた。その一瞬の虚をついて、


「ご心配なさらずとも、かわいい氏子を傷つけるような、不手際はいたしませんよ」


 ツキが、ナギに肉薄した。




「……っ!」


 とっさにナギが姫鶴を中段に構える。




 甲高い金属音がなった。ナギの脳天めがけて振り下ろされた日本刀を、かろうじて姫鶴の刃が受け止めた。




 ツキは片手で日本刀をふるう。ナギは両手で姫鶴を構えていた。




 細身なツキに対し、ナギは頭ひとつぶん背が高い。その体格差をものともせずに、つばぜり合いの姿勢から、ツキはナギを軽々とおさえつけた。




「ぬぅっ」


 力負けしたナギが、床に膝をつく。ツキが日本刀を持っていないほうの手で、単衣の袖の中から、一枚の呪符を取り出す。その呪符をナギの頬に当てた。




「退いて頂ければ、シイナ様を傷つける理由もないのですが」


 抑え込まれたまま、ツキを見上げるナギの視線が、ちらりと呪符を向いた。




 冷や汗がナギの頬を伝う。ナギは、ツキに睨みつけるような鋭い視線を向けると、鼻で笑って言ってのけた。




「退けん」




 呪符が、炎を吹いた。炎の渦が柱となって舞い上がり、一瞬にしてナギを飲みこむ。




「ナギ!」


 背後の海咲が、その光景を見て悲鳴をあげた。ツキが海咲をちらりとみた。




「この距離では、やけどをさせてしまうかもしれませんね」


 そうつぶやいて、ツキは炎の中に手をつっこんだ。




 ナギの胸倉をつかみ、強引に炎の中からナギを引きずりだすと、炎が消失した。




 そして、振りむきざまにナギをぶん投げた。ナギの体は、弾かれた玉のようにふき飛んで、激しい音と共に、壁に叩きつけられた。




「はァ……!」


 ナギは壁に打ち付けられる直前、壁を蹴りつけて衝撃を殺した。即座に着地し、正面に姫鶴をかまえた。




 心臓が早鐘のように脈打つ。すすで汚れた頬をぬぐい、肺いっぱいに酸素をすいこんだ。




 日本刀を上段にかまえる、ツキの太刀筋がみえた。




 先刻、間合いをものともせずに天井を切り裂いたかまいたちが、頭をよぎる。




 一瞬でも動きを止めたら、斬られる。




 ナギは弾かれるように、動きだした。




 右へ左へ連続でとびはね、フットワークでツキの視線を切れないかとこころみる。




 対するツキは、日本刀を振り上げた姿勢のまま静止していた。




「ひとつ、お願いできますか?」




 ツキが、背後にいる下駄の付喪神を呼ぶ。




 ビクリと、下駄の付喪神が肩を震わせた。




 ツキは下駄の付喪神の方を振り返らずに、いった。




「そこにいる氏子を、ここから離していただきたいのですが」




 氏子とは、海咲をさしている。




 下駄の付喪神がナギに手を貸したことは、既にツキも予想しているだろう。しかし、ツキの声に、下駄の付喪神を責めるようなニュアンスは感じられなかった。




「は、はい。ただちに……」




 動き出した下駄の付喪神の視線が、異世界の女神にとまる。




 海咲と共に、彼女を連れてここから逃げ出すことが、頭をよぎったのだろう。




 だが……。




「無駄ですよ」




 その考えを見透かしたように、ツキが言葉にした。




 逃げ場など、どこにもない。この戦いでナギが敗北すれば、今さらどこに逃げようと、異世界の女神は殺される。それは避けられない。




 下駄の付喪神は、倒れる異世界の女神をかつぎ、床にへたり込んだ海咲の手をひいた。




 海咲はここを離れることをためらうように、一度、立ち上がることを拒んだ。しかし、自分でもこの戦いに関与することができないことを悟っているのだろう。やがて、立ち上がると、下駄の付喪神に連れられて、神界を繋げる術の楕円形の門をくぐった。




 ツキが横目にそれをみおくり、胸をなでおろす。




「さて、お待たせいたしました」




 刹那――、ツキの日本刀に、ナギの姫鶴が激しくぶつかった。




 先刻までとは比べ物にならないほどの衝撃波が、神殿の床を駆け抜ける。その衝撃の余韻も消えぬ間に、何度も衝突を繰り返した。大気を震わすほどの衝撃をまき散らしながら、幾重にもナギが斬り結ぶ。ナギは素早いフットワークを繰り返し、常に立ち位置を変え、ツキに反撃のチャンスを与えまいと動いた。




「力でかなわないなら、技で勝負をつけようというわけですか。……たしかに、私は剣技が得意ではありません」




 四方八方から繰り出されるナギの太刀筋を、片手にした日本刀の角度をかえるだけで防ぎながら、ツキが言った。




「さすがは戦神、さすがはシイナ様といったところでしょうか。かような戦況で、それでも勝機を見出すべく、行動されるとは……ですが」




 ツキが、手のひらの上で、日本刀を反転させた。








「それでも、シイナ様の刃が、私に届くことはありえません」






 ツキが日本刀を床に突き立てる。




 神殿の床に亀裂が走り、足場が崩れ、二人が宙に投げ出される。




「くっ……!」




 足場を失ったことで、ナギの動きが止まった。




「ほら」




 優しい声で、ツキが語り掛けた。




 落下しつつも、懐から呪符を取り出すと同時に、ナギに向かって投げた。




「これで諦めて頂けると、嬉しいのですが」


 ツキの声と共に、ナギの眼前に回避不能の炎の渦が広がった。




「ぐ、っ!」


 身を焼かれながら、ナギの体が下の階の床に落ちる。床の上を転がって、何とか炎の中から脱出をこころみる。しかし、炎は分厚く、逃れることができない。




 ツキが炎に包まれた床の上に着地する。自ら生み出した炎にさらされても、ツキは苦しむどころか、髪の毛一本として焦がすことはなかった。




「――――」


 炎に包まれながら、ナギが姫鶴をふるった。ほとばしる雷が、炎をかき消す。




「はっ――」


 ようやく炎から逃れたナギが、大きく息を吸い込んだ。




 そこにツキが歩いてくる。まるで待ち構えていたかのように、ナギの眼前に立ち、日本刀をふりあげた。




 呼吸をととのえる間もないまま、ナギは姫鶴をかまえた。




 無造作にふりおろされた暴力を正面からうけとめ、ふきとばされる。




 受け身をとって立ち上がり、即座に姫鶴を振りかぶった。姫鶴が雷をまとう。振りぬくのと同時に、雷が放たれる。




 飛来する雷に、ツキは事もなさげに呪符を投げつける。




 生じた炎が一瞬で雷を飲みこんだ。




 さらに、ツキが日本刀を掲げた。




「降参されるのであれば、どうぞお早めに」


 凄まじい悪感が、ナギの背筋をはった。かまいたちで物を斬るツキの日本刀に、間合いなど関係ない。しかし、ナギは本能的な危機感から、思わず後ろへ下がった。




 振り下ろされた日本刀の刃が、かまいたちを生じて、ナギを襲う。




「くぅっ……!」


 ナギの左腕に亀裂が走った。血が腕を伝って、床にしたたる。




「今、半歩、私から逃げましたね」


 見透かした声で、ツキがいった。




「もう十分ではありませんか? 刀を収めて頂けるなら、私も後ろから斬るような真似は致しませんよ」




 甘美な声でささやかれた。




 勝機が、見えなかった。圧倒的な力を前に、ナギの攻撃は意味をなしていない。くわえて、ツキはいまだ本気を出していない。一撃、一撃に、ナギの命を奪うまいという手心を感じていた。ナギが傷を負うたびに、攻撃の手を止めて、『諦めろ』と勧告する。




 ツキが殺す気でむかってきていれば、とっくに勝負は決している。




 負け戦だ。




 誰に言われるまでもなく、戦神であるナギ自身が、そのことを理解していた。




 だが……。




「海咲に、お願いされたんや……」




 ナギが姫鶴を握る両手に、力をこめた。感情に呼応するように、姫鶴が雷をまとう。




 ナギの瞳から、闘志が消えていないことを感じとって、ツキが少しだけ残念そうに息をついた。ツキが、ゆったりとした動作で、日本刀を振り上げた。




「どうか、死なないでくださいね」


 ツキが優しい声で、つげた。




「――あああああああああああああああああああああああああああああああああ!」




 ナギ雄々しく声を張り上げて、かけだした。




 対するツキが、日本刀を振り下ろした。




 発生したかまいたちが、空をきる音とともにせまる。


 ナギは姫鶴を振りぬいて、雷でかまいたちに応戦した。




 しかし、ナギの雷はかまいたちにきりさかれ、霧散する。


 かまいたちは、それでも勢いを失わず、まっすぐにナギめがけて飛来して――。




「くぅっ――」


 袈裟懸けに、ナギの胴体をきりさいた。




「ああああああっ――!」


 ナギが、なおも声を張り上げる。




 体を切り裂かれながら、一歩――深く前にふみだした。




「ふぅ」


 ため息とともに、ツキが日本刀を正面にかまえた。




 甲高い金属音。ツキを切り裂かんと振りぬかれた姫鶴が、日本刀に受け止められた。




 玉砕覚悟の一撃をあっけなく防がれた。


 なおもナギはあがくように、姫鶴を持つ手に力をこめた。




「何度でもいいましょう。シイナ様の刃は、私にはとどきませんよ」


 ツキが、呪符をとった手を、ナギに向けてつきだした。




 凄まじい炎がほとばしり、熱風に吹き飛ばされた。




 はるか後方に吹き飛んだナギは、壁にたたきつけられる。斬られた左腕と胴体の傷口から血がふきだし、大きな血だまりをつくった。力を失ったナギの体が、ずるずると壁を伝って床に落ちた。座り込むような姿勢で、ぐったりとうなだれる。




「刀を収めて頂けますか?」




 途切れそうになる意識のはざまに、ツキの声がきこえた。




























「おや――?」


 はらり、と。


 ツキの視界で、何かが舞った。




 落ちていくそれに目をむける。それは、自分の前髪だった。




 先刻、切り結んだ際に、わずかにナギの姫鶴が、ツキの前髪を一束、斬っていた。




「信仰を得ていないシイナ様では、私に届かないはずですが……」


 疑問におもう。




 ふと、脳裏に、金髪の少女の顔が思いうかんだ。




「そういえば、お一人だけ……シイナ様を信じている氏子がいたんでしたね」


 だからどうというわけではない。








 この戦いで、シイナが自分に勝つことなど、万が一にもありえないのだから。





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