エピローグ もう二度と異世界召喚されませんように
――きっとわたしは、生きて家には帰れない。
火炎魔法の激しい爆風に身をさらしながら、真田 海咲はそんなことを考えていた。
砕けた地面が石の礫となって襲いかかってくる。身を低くして、ダメージを最小限にとどめる。手にした『聖剣』に礫が跳ねて、海咲の額を割った。額から、どろりと血が流れ出し、視界が半分赤に染まった。それでも、目を閉じることは許されない。
海咲は雄々しく声を上げ、死にものぐるいで『聖剣』を振りぬいた。
眼前には、全身をカラスの羽に覆われた巨人――魔王がいた。
海咲が魔王を果敢に斬りつける。もうすでに指先の感覚はない。剣が相手に届いているのかさえはわからない。それでも、戦うしかなかった。
「あと少し! 頑張って!」
共に戦う仲間たちに檄をとばす。
なにがあと少しなものか。勝ち目なんて、とうになくしている。
「……」
仲間たちの返事はない。
海咲と共に魔王に挑んだ仲間たちは、とっくに動かなくなっていた。
どうせ勝てない。あきらめろ。そんな声がきこえてくる。
このまま地に膝をついて、魔王の攻撃を受け入れれば、一瞬で楽になれる。
海咲はその声を振り払い、『聖剣』を握りしめた。戦うことをやめなかった。
絶望的な世界の中で、絶望してしまうことが死ぬよりも怖かった―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。
――――――耳をつんざくけたたましい音がきこえた。
海咲が顔を上げると、目の前にまぶしい光がさして、網膜がチリチリした。
しばらくすると目がなれて、まぶしい光が軽自動車のフロントライトだと気がついた。
再び激しい音がなる。車がクラクションをならしていた。
「おいっ。そんなところで寝てんじゃねぇ! ひき殺されてぇのか、酔っ払いがっ!」
軽自動車のドアが開いて初老の男が運転席からおりてきた。わざとらしく地面を踏み鳴らしながら歩いてきた初老の男は、海咲を見るやぎょっとして、かけよってきた。
「どうしたんだその怪我っ!? 大丈夫か?」
男の言葉を、海咲には理解できなかった。
周りを見渡すと、そこは三角屋根の家が立ち並ぶ住宅街だった。車一台がようやく通れるぐらいの狭い道路の真ん中、アスファルトの上に、海咲はすわりこんでいた。
自動車、電線、街灯、鉄筋コンクリートの家屋……どれも、異世界にはないものだ。
少し、肌寒い。肩を抱くと、自分はふるえていた。
唇が震える。ほとんど無意識に、かすれるような声が出た。
「やっと……帰ってこれた……」
目から涙があふれてきた。
カタカタと歯を震わせながら、海咲は異世界からの帰還を実感した。