日本の女神②
「いったい、何のおつもりですか……?」
静かに。だが、確かな怒りをはらんだ声で、単衣の女性がといただした。
「その女神が殺されたら、異世界が滅ぶ。なんぼ何でもやりすぎや」
「戦争だと、まず初めに申し上げたはずです。シイナ様は、戦争の際に相手が滅ばないよう気遣えとおっしゃるのですか?」
「行き過ぎた暴力は身をほろぼすで。少し落ち着こう?」
「私が取り乱しているように見えますか?」
単衣の女性がほほえむ。
異世界の女神は、固唾をのんで二人のいきさつを見ていた。単衣の女性の実力はわからない。しかし、日本の男神との一合をみるに、実力者であることは間違いなかった。
現状、異世界の女神に、単衣の女性をどうにかするだけの戦力はない。
「ひとつ、訊いてもええか?」
「何なりと」
「そこの女神が日本人に成りすましとってな。たしか……今芥子モニアとかいう、海咲のクラスメイトになっとったんや。気づいとったか?」
「……」
単衣の女性は、少しの間の後にこたえた。
「ええ。もちろん、承知しておりました」
「それで、海咲と僕のクラスメイトの記憶が書き換えられとったんやけど。あれ……ホンマに異世界の魔法か? 僕が学生に成りすます時に使った、日本の術と違うんか?」
「……ええ。あれは私が手配したものです」
単衣の女性がいった。日本の男神の表情が険しくなる。
「何のために?」
「もちろん、シイナ様を異世界召喚させるためですよ。『異世界召喚にうってつけの人材がいる』と、そこの女神をそそのかし、日本にはなったのです。……もちろん、シイナ様以外の氏子が見初められたのは、予定外でしたが……」
単衣の女性の言葉に、異世界の女神も合点がいった。
異世界召喚する日本人を決めかねていたころ、とある日本の神から、高校生になりすまして、異世界へ行く日本人を選んではどうかともちかけられたのだ。
行った先で、たまたま真田海咲を見つけたため、彼女を狙うにいたった。しかし、彼女の存在がなければ、異世界の女神は他の日本人を探していただろう――最も運動能力が高く、異世界にいっても壊れなさそうな日本人を。
仮に、日本の男神が候補にいたなら、選んでいた可能性は高い。
「そろそろ、腕が疲れたのでよろしいですか?」
刹那、日本刀がふりおろされた。
異世界の女神は、自分の首がはねられたものと錯覚した。それだけの殺意をもってふりおろされた刃を、寸でのところで、日本の男神が持つ姫鶴がうけとめた。
「ご理解は、いただけませんか?」
「理解できるわけないやろう」
つばぜり合いながら、日本の男神がいった。
「少し落ち着けや。冷静やないで」
「私は冷静です。シイナ様こそ、異世界の女神と言葉を交わして、情でもわきましたか?」
「そんな話をしとるんやない」
日本の男神が語気を強めた。
「分からんのか? 主ちゃんがそこの女神を日本におくりこんだせいで、海咲が危ない目におうたんやぞ。僕の知っとる主ちゃんやったら、そんなこと絶対に許さんかった」
日本の男神の言葉に、単衣の女性が不快気に顔をしかめた。
吊り上がった眉が、わずかに怒りの色をはらんだ。
「これは、痛いところをつかれてしまいました……」
苛立たしげな声でささやく。
「ですが……であれば、尚のこと――これからは守ってあげなければいけないでしょう」
単衣の女性が、手にした日本刀に力をこめた。
体格差でいえば、日本の男神が単衣の女性に力負けするようには見えない。しかし、日本の男神は簡単に抑え込まれ、床に膝をついた。
「シイナ様といえど、邪魔だてすれば容赦いたしません」
単衣の女性が、日本の男神に冷たく言いはなった。
「ッ――!」
日本の男神が歯をかみしめた。
そして、叫んだ。
「逃げろ――!」
その叫びは、異世界の女神にむけられたものだった。
「僕が時間を稼ぐ! 今すぐ逃げろ!」
「だが……」
困惑する異世界の女神は、この場を動くことを躊躇する。ここは異世界の女神が管理する神界だ。ここから逃げ出したところで、行き場などどこにもない。
「自分が殺されたら、異世界が滅ぶんやぞ――!」
日本の男神の言葉に、弾かれたように異世界の女神が立ち上がった。
「……っ。すまぬっ、恩に着る!」
逃げ出した異世界の女神に、単衣の女性が呪符を投げる。
呪符が炎を放ち、強大な炎が異世界の女神をおそった。
「姫鶴!」
日本の男神がさけんだ。
姫鶴から雷がほとばしり、異世界の女神に迫る炎をかき消した。
「簡易詠唱――『異世界召喚』」
異世界の女神が魔法を詠唱した。日本に通じる門がひらく。
あらゆる分野において、異世界に勝る力を持つ日本の神界だが、こと異世界召喚の技術においては、他よりも数段おとっていた。異世界召喚などという邪法に頼らずとも、世界を発展させることができた日本ならではの弱みだろう。
日本の神は、一度日本の神界を経由しなければ、この場から日本の下界におりることはできない。それを見越しての判断だった。異世界の女神が、魔法陣に飛び込んだ。飛び込んだ先は、平和な日本だった。なんとか逃げ延びることができた。




