異世界の女神
日本と呼ばれる平和な世界があった。
ながく魔王が現れず、人々が飢えることもなく、生まれたばかりの子供が、無為に命を失うこともない、平和で美しい世界があった。
うらやましかった。自分の世界も、こうありたいと思った。
しかし、女神の世界には魔王がいた。
魔王を倒さずして、世界の発展はなかった。
女神は、転生する魂に権能を与え、魔王を倒す宿命を持つ勇者をつくった。
そして、勇者が世界に平和をもたらすという予言を与えた。
それがいけなかった。
永く、魔王の支配に苦しめられた人々は、予言の勇者にすがった。
人々は勇者の成長を待たずして、勇者として生まれた子供を、危険な戦いへ送り込んだ。
権能を与えられ、女神に祝福されて生まれたはずの子供たちは、勇者としての力に目覚める間もなく、幼い体を引き裂かれて殺された。
何人もの勇者をつくった。何人つくっても、一緒だった。
それでも、世界を救うためには勇者をつくるしかなかった。過酷な環境に置けば勇者は強くなる。そんな俗説が流れ、子供たちはさらに凄惨な方法で死ぬようになった。
助けて。助けて。女神様と。子供たちの悲鳴がきこえた。祈る声がきこえていた。
何もできなかった。
血がにじむほどに唇をかみしめて、恨み殺すほどの眼力をもって、魔王を睨みつけても世界は変わらなかった。誰も、救ってはやれなかった。女神に世界は救えなかった。
「何が唯一神だ……」
権能を与えた勇者を生み出せば、間もなく死なせてしまう。
しかし、女神が何もしなければ、徐々に世界は魔王にむしばまれていった。
日本という平和な世界を創った神がうらやましかった。
きらきらした世界があった。そこには、たくさんの子供たちがいた。
「……」
成長した日本人の子供を、ひとり――異世界に連れ去った。
ほんの出来心だった。
権能を与え、魔王を倒してくれとお願いすれば、人がいい日本人の子供は、喜んで女神の世界へおもむいてくれた。一人目の日本人は、惜しいところまでいったが、魔王を倒すには至らなかった。権能を使いこなす機知には長けていたが、いかんせん心が弱かった。強大な魔物を相手にして、死にかけていたところを日本に送り返した。
死ぬまで戦わせなかったのは、わずかばかりの罪悪感が女神にあったからだ。
しかし、死なせなければいいという免罪符にもなってしまった。
次にひとり、またひとりと、日本人を自分の世界に送り込んだ。
こんなにたくさんいるのだ。死なないように配慮はしよう。
だから――少しぐらいなら――……。あと、少しぐらいなら……。
そう思ううちに、何百人という日本人の子供を、自分の世界に送り込んでいた。
そして、真田海咲という少女を異世界に送り込んだ時だった。
ほとんど相打ち同然の状態であったが、海咲は魔王を打ち倒した。
次の魔王が現れるまで、少しだけ平和になった自分の世界を見て、女神は思った。
自分は間違っていなかった。
これは世界を救うために必要なことなのだ。日本人の子供も、異世界にいくことを望んでいる。死にそうになれば、家に帰してやればいい。
いつしか女神の心から罪悪感は消え、世界を救わなければならないという義務感だけが残った。




