VS異世界の女神①
神殿の中、ナギと異世界の女神がにらみ合っていた。
異世界の女神は杖の先端をナギに向け、警戒の色を瞳にたたえている。
対するナギは、ひょうひょうとした雰囲気を崩さないまま、日本刀を肩にのせて女神と向き合っていた。
「何故、この場所がわかった?」
低い声で、異世界の女神がとう。
ナギが海咲の方をちらりと見た。
「この子が着とるジャージ。実は、僕のやねん。ほんのり神気の匂いがするやろ? この匂いを追いかけてきたんや」
異世界の女神が海咲に目をむけた。海咲は緊張に肩を震わせたが、実際に女神が見ていたのは、着ているジャージの方だった。
「なるほど。まさかこんな罠が仕掛けられていようとは……」
「罠やなくて偶然や。ホンマ、運がよかったわ。でも、全然嬉しくないねん」
ナギの声に、不快な色が混じる。
「うちの子にずいぶんな真似してくれたな。とりあえず、ごめんなさいしてくれる?」
「その者が私の言葉に従わなかったのだ」
肩をすくめ、威圧的な態度を崩さないまま、異世界の女神が答えた。
「それに、私は発展途上とはいえ、異世界の唯一神だ。どこの馬の骨とも知れぬ神に、頭など下げられるわけないだろう」
「僕にやない。海咲に謝れ言うとんねん」
「はっ――」
異世界の女神が破顔する。
嘲笑するような笑みを浮かべて、言った。
「それこそ、身の程をわきまえろ。神が人間になど、頭を下げるわけないだろう」
「……」
ナギが目を細めた。
ナギの怒った表情を、見るのは初めてだった。
「ほな、この件はあとでゆっくり話しよ」
ナギが海咲の方を振り返る。
「ごめんな、待たせて。帰ろうか。送っていくで」
そう言って、ナギが海咲に手を差し出した。
「帰る……?」
うわごとのように、繰り返した。
「そうや。僕が送っていくわ。まずは、家に帰ろう?」
海咲が目を瞬かせる。
「ナギ……あなた、いったい……?」
「待て」
ナギの背後から、異世界の女神の声が響いた。
「その者を連れて行ってもらっては困る。まだ私の用事は終わっていない」
「勝手に連れ去っといて、何言うてんねん」
ナギの返答した。異世界の女神の瞳に、はっきりとした敵意が宿った。
「その者は、置いていってもらう」
「断る。それだけは絶対に許さん」
「そうか――」
異世界の女神が、手にした杖を振るう。
突如、ナギの背中が爆発した。
「ナギ!?」
無詠唱で異世界の女神が爆発魔法を放ったのだ。
凄まじい煙と共に、ナギの体が神殿の床を転がった。
「ふんっ」
異世界の女神がその姿を鼻で笑う。
「ずいぶんと粋がって現れた割には、呆気ないな。日本の神とは、この程度か?」
海咲が慌てて立ち上がる。聖剣を召喚し、ナギの前に飛び出した。異世界の女神から、ナギを守らなければならないと思った。
しかし――。
「もう怒った。ごめんなさいするまで、絶対に許さへん……」
ナギが立ち上がった。そして、前にでた海咲の肩に手をのせて、後ろに下がらせた。
あれほどの爆発魔法を受けて、無傷でいられるわけがない。しかし、見える限り、ナギに外傷はなかった。わずかに、頬が灰で汚れている。
ナギが手にした太刀を構えた。
「いくで。姫鶴」
手にした太刀を姫鶴と呼び、両手に持って中段に構えた。
バチン――、と。帯電した姫鶴の刃が、空気中に静電気をはなった。
「さて――」
ナギを見て、異世界の女神が驚愕に目をみひらいた。
「何故、生きている? 先ほど、私の魔法が――」
「問答はええねん。まずは、謝れって……海咲に」
低く、静かな迫力をもって、ナギが言った。鋭い視線が、女神を射抜く。
「悪いことしたらごめんなさいや。ちゃんと謝るまで、絶対にゆるさへんぞ」
異世界の女神は、唖然としてナギを見ていた。
海咲にも、ナギが何をしているのか、この場で何が起こっているのか分からない。ただ、ナギが生きていてくれたことがうれしかった。
「……はっ」
女神が鼻をならした。
「私の魔法を、何らかの手段で無効化したか。……だから、何だというのだ?」
異世界の女神が、杖を宙に投げ捨てる。杖は空気中で送還され、異世界の女神の手に――灰色の鉄扇が召喚された。鉄扇を手に、異世界の女神がいいはなった。
「今の不意討ちが私の全力だと思うなよ。簡易詠唱――『天使形成』」
巨大な魔法陣が、神殿の床いっぱいに広がった。
そして、魔法陣から無数の天使が這いだしてくる。
顔を鉄仮面で隠し、背中に翼を携えた、筋骨隆々とした天使たち。各々、槍や剣などで武装している。中には、海咲と同じ聖剣を持っている天使もいた。
瞬く間に、部屋の中が天使に埋め尽くされる。その数、十八体。
屈強な天使たちが、ナギと海咲を取りかこんでいた。
「っ――」
海咲が、生唾を飲みこむ。
今にも襲ってきそうな天使たちを前に、生きた心地がしなかった。
「おい、変なん出すな。うちの子が怖がっとるやろ」
舌打ちをして、ナギがいった。
「やれ」
異世界の女神が言った。命令によって、一斉に天使たちがうごきだす。
各々、手にした武器を掲げ、一体の強大な暴力となって、ナギに襲い掛かった。
凶器が襲い掛かる直前――。
「――つまり、ごめんなさいするつもりはないってことで、ええんやな?」
額に青筋を浮かべながら、ナギがつぶやいた。
そして、質量をもった暴力の塊が、ナギを飲みこんだ。
かに、思えた。
「――姫鶴、やるで」
ナギがつぶやいた。
刹那――、ナギの手にした姫鶴から雷が放電され、四方から迫る天使たちを襲った。
「「「ぶるぅああああああっ」」」
屈強な天使たちが、悲鳴と共に吹き飛んだ。
神殿の壁や天井のステンドグラスをぶちぬき、どことも知れぬ遠くまで飛んでいく。
「え……。なにそれ……?」
海咲は目を疑った。
異世界の女神にとっても、この結果は予想外だったのだろう。異世界の女神は、吹き飛んでいく天使たちを見て、ただただ、放心していた。
ステンドグラスのガラス片が雨のように降り注ぐ。雷が海咲の頭上ではじけて、ふりそそぐガラス片をふきとばした。
割れたステンドグラスの向こうには、きれいな青空が広がっていた。
ナギは何事もなかったかのように、異世界の女神に近づいていった。
そして、「ゴッ――」と、音が出るぐらい、思いっきり異世界の女神の頭を小突いた。
「痛いやろ? 殴られたら、痛いんやで」
子供をしつけるようなセリフだった。海咲には、もうわけがわからなかった。
殴られた異世界の女神が、痛む頭を手でおさえた。その美貌に不釣り合いなたんこぶができあがっていた。
「……この私が、殴られただと?」
何度も頭を撫でる異世界の女神の表情には、困惑の色が浮かんでいた。
「反省したなら、まず海咲にごめんなさいして?」
「……」
ナギの言葉が理解できない様子で、異世界の女神はぼんやりしていた。
そして、遅れて我に返り――。
「――殺す」
と、つぶやいた。
頬をひくつかせ、敵意をむき出しにして、ナギをにらむ。
「顕現けんげんせよ。祖を焼き尽くす幻海の炎――『豪炎ノ生ズル大樹』」
女神が鉄扇をふるい、床をふみ鳴らした。足もとに魔法陣が生じ、そこに巨大な木が生じた。それは炎の木だった。伸びた枝は熱を帯び、生い茂る葉に炎をともし、えんえんと燃えている。凄まじい熱風が吹き荒れて、海咲は目をあけていられなくなった。
異世界の女神が、鉄扇を横薙ぎにふるった。
巨大な木から炎がふきだし、ナギを襲う。
「ナギ!」
ナギは、避けるそぶりも、防ぐそぶりも見せなかった。
ナギは炎の直撃を受けた。凄まじい炎が上がって、ナギの姿は一瞬で消失する。
「ふっ……」
勝利を確信した瞳で、異世界の女神が笑った。
しかし。
――ばちんっ、と。
炎の中から、雷の弾ける音がきこえた。
異世界の女神の表情がこわばった。
炎が霧散する。中から、ナギが現れた。先刻の炎を受けて尚、一切の手傷を負っていなかった。ナギの手にする姫鶴が、雷をまとっている。
「バカな……いったい……?」
女神が言葉をもらす。海咲にも、目の前の光景が信じられなかった。
「炎を斬ったんや。まあ、避けてもよかったんやけど、こっちの方が分かりやすいやろ?」
ナギが姫鶴をかかげて、切っ先を異世界の女神にむけた。
「弱い者いじめは好きやないねん」
得体のしれないナギの力に、異世界の女神の表情に、弱気な色がまじった。
ナギが言葉をつづけた。
「反省してごめんなさいするなら、降参していいで」
そういって、ナギが肩越しに海咲をちらりと見た。異世界の女神の視線がつられて、海咲の方をむいた。そして、はっとした異世界の女神は、気丈に闘志をたぎらせた。
「誰が、人間になどっ!」
「あ、そう」
異世界の女神の言葉に、ナギが不満げに眉を吊り上げた。
そのナギの怒りに呼応するように、姫鶴がまとう雷の量が大きく跳ね上がる。
凄まじい勢いで空気中を弾ける電気音が、激しく海咲の鼓膜を揺らした。
その音の迫力に、異世界の女神が怖じ気づいたように、半歩さがった。
ナギが上段に姫鶴を構える。
刹那、――ナギの持つ姫鶴が、凄まじい量の雷をまとった。内包しきれずにあふれた雷が、天をつく。青空すらも焼き尽くさん勢いで熱量を増す雷は、異世界の女神の魔法とは比較にならないほどに強大だった。
「な、なんだそれは――!?」
応戦する異世界の女神が、無詠唱で魔法陣を展開した。
表情には焦りの色が隠しきれていない。それもそうだろう。あの雷をくらえば、いかに異世界の女神といえど、ただではすまないことは明らかだった。
異世界の女神が、幾重にも魔法陣を重ねていく。その魔法は、技量の高さがうかがえる素晴らしいものだった。これほどの魔法は、異世界でも見たことがない。
だが、足りない。
大気を震わすほどに、天を穿つほどに、高まったナギの力を前に、異世界の女神が作り出した魔法陣は、あまりにも小さく無力だった。
「今ならまだ止められるで。海咲にごめんなさいするか?」
ナギが降伏をうながした。
しかし、この窮地にあってなお、異世界の女神は吐き捨てるようにいった。
「誰がっ、人間になどっ!」
その声は、少しだけ上ずっていた。
「そうか。わかった」
姫鶴をかかげたまま、ナギが海咲をふりかえった。
海咲が肩をふるわせる。
見知った友人であるはずのナギが、この時だけは別人のようにみえた。
「怖かったら、目を閉じとってええけんな」
優しい声で、ナギが言った。
その隙をついて、異世界の女神がナギに魔法をはなった。
ナギの正面から、槍のような植物の群れがせまっていた。
「ふんっ――――!」
女神に向き直った瞬間、ナギが姫鶴をふりぬいた。
刃がまとう雷は、一体の生き物のように集約し、ナギに迫りくる植物魔法を飲みこみつつ、異世界の女神に直撃した。
「くそっ、がああああああ――――――――――――――――――!」
海咲の視界が雷の光に、真っ白にそまる。
雷が、神殿の中を縦横無尽に駆け抜ける音がきこえた。
白くなった視界がもどる。まとった雷を失った姫鶴を片手に、ナギが笑顔で海咲をふりかえった。その向こうで、異世界の女神が黒焦げになって目を回していた。
「僕の刀な。振り回すとビリビリするねん。すごいやろ?」
のんきな声で、そんなことを言ってくる。いつもの調子のナギだった。
「ビリビリなんて可愛い物じゃなかったよ……」
ギャグみたいな勢いでやられてしまった異世界の女神を見下ろしながら、呆気にとられた顔で、海咲がツッコんだ。




