神がかり的に変わる日常③
そして、ルカと行く予定だったショッピングモールにむかった。
ナギが先導し、ずんずんとショッピングモールの中を進んでいった。
どこに向かっているのかと思いつつも、海咲はついていった。
ナギが到着したのは、女性用の水着売り場だった。
「夏も始まったばっかりやから、セール品は少ないなぁ……ああ、でも、これ安い……。ちょっと、海咲これ見て! この水着、ケツのところにおっさんの顔が描いてある! こんなん着せられるとか、どんな罰ゲームやねん」
「…………」
海咲は両手で顔をおおった。女性用の水着売り場でテンションを上げる男子高校生を、周囲の奥様方があたたかい視線でみつめていた。
「なんで、ここ……?」
「だって、水着買いたかったんやろ?」
そういえば、ナギには水着を買いに行くことを伝えていた。出かけるにあたって、ナギなりに海咲に気をつかってくれたのだろう。ありがた迷惑だった。
「水着は今度買いに来るから、他のところに行こう?」
ナギの手をひいて、そそくさとその場をはなれた。
その後、ナギが「私服が欲しい」と言いだしたので、二人で衣料品の売り場へむかった。
「テキトーにジャージでええわ。どれ……」
そういって、同じ柄のジャージをハンガーかけから無造作に三着ぐらいわしづかみにする。海咲がそれをみて、言った。
「同じのじゃなくてさ。せっかくなら、色々試してみたら? ほら、このマネキンの服とか似合いそう」
「安いんがええねん。安いんが」
「でも、そのジャージブランドだから、そこそこ値段しない?」
「うっわ。ホンマや」
そうつぶやいたナギが、シーズン落ちした値引き商品の棚へとすいこまれていく。
「待って。これから夏本番だって言うのに、長袖? 結局着ないなんてことにならない?」
海咲がナギを止めた。
「確かに、それはそうやな。せっかく下界におるんやったら、オシャレも楽しまなイカンか……。いや、待てよ。カッコいい神様になったら、信者が増えるんちゃう!?」
ぶつぶつとナギが何かをつぶやきだした。言葉の真意は、海咲にはわかりかねる。
すると、ナギがいたずらを思いついた子供のような目をした。
「なあ、せっかくやし海咲が選んでくれん?」
「わたしが? 無理無理。男の子の服なんて、選んだことないもん」
「海咲が気にいったと思う服でええねん。何となくでいいから、選んでや」
「えー……予算は?」
「五万円」
ナギに押しきられ、海咲は店内をぐるっと回った。
「あ、これ防御力高そう……割引だしいいんじゃない?」
ものの五分もしないうちに、海咲は服を選んだ。
そして、持ってきた服の一式を受け取ったナギが、試着室に入った。
「………………」
試着室のカーテンが開いた。
足回りは動きやすさを重視したショートパンツ。上は、インナーに鎖帷子くさりかたびらを採用し、はおったジャケットには頭よりも大きな肩パッドが生えていた。
実に、実戦向きな格好であった。
ずーん……と、光を失った瞳で、ナギがつぶやいた。
「頼んどいてなんやけど……これはやめとこ……?」
「ええ!? ダメ?」
「ダメもダメ。ダメダメやん。何この肩パッド? 頭が壁に挟まれたみたいになっとるし。ていうか、鎖帷子なんてよくあったな! 鎖帷子が、動くたびに皮膚挟む! 痛い!」
「強そうなんだけどな……」
神妙な顔で、海咲がつぶやいた。
「強さは求めてへんねん!」
カーテンが閉まり、学ランに着替えたナギが、試着室を出てくる。
なんやかんやで、ナギはジャージを三着購入し、店を出た。
服を買い終わるころには、ちょうどお昼時になっていた。二人は、ショッピングモールの中にある焼き肉屋にきていた。選んだのは、一番安い食べ放題のコースだ。
網の上で焼かれる牛タンを、トングを構えた海咲が、静かににらんでいる。
「午後はどうする? 買うものないなら、ゲーセンでも……」
「黙って。お肉の声がきこえない」
ナギの提案を冷たくあしらい、目の前の肉にむきあう。
「お肉の声って何……?」
「…………」
それどころではない。海咲はナギの質問に返さなかった。代わりに、網の上で牛タンを返す。即座にトングを割りばしに持ち替えて、牛タンの上に刻んだネギ塩をのせた。
「今……!」
牛タンが焼きあがった瞬間に、網の上の牛タンを取り皿にさらった。
「食べて」
海咲が差し出した取り皿を、ナギが受け取る。
「ありがとう」
「いいから、早く食べて! 消費期限、あと三秒!」
せかされたナギが、慌てて牛タンを箸で口に放りこんだ。
もぐもぐと、そしゃくして、こくんと飲みこむ。
「あ、美味い」
と、つぶやいた。
「そうでしょ」
海咲が満足そうに笑う。
「安いお肉は美味しくないって言う人がいるけど、わたしは、お肉にはそれぞれ最適な調理方法があると思うの。本音を言うと、お肉を切るところからわたしにやらせてもらったら、もっと美味しくできるんだけど……外食じゃそれは無理だよね」
説明しながら、次のタンを焼き、食べる。
「今、肉が一瞬で消えんかった?」
ナギは海咲の動きが目で追えなかったようで、ビックリしていた。
その後、海咲は大判のロース、厚切りのカルビ、ホルモン、鶏モモ、果てはシロやセンマイなど、様々な肉を焼いてナギに食べさせた。
肉を焼いている間は、凄まじい集中力でお肉の声に耳を傾けていたため、ほとんどナギとは会話しなかった。
「すごい。海咲が焼くとホンマに美味い。ところで、僕に食べられたお肉の声は、なんて言ってる?」
「美味しく食べてくれてありがとうって言ってる」
「それは絶対嘘やん」
そう言って、ナギがメニューを手にとった。
「そういえば、サラダ注文してなかったね。海咲は、サラダどれがいい?」
「わたしは、野菜食べないからいい」
「ええ……!?」
ナギがビックリしていた。
「そういえば、自分の牛タンにネギのせてなかったな。もしかして、野菜嫌いなん?」
ナギの質問に、ふっと海咲がいい顔で笑った。
「人間はもともと肉食だから、野菜は食べなくても大丈夫なんだよ」
「それは絶対嘘やん」
海咲が丁寧に一枚ずつ肉を焼くので、結局二人は食べ放題の時間いっぱいまで、焼き肉屋に滞在することになった。
その後、二人はショッピングモール内のゲーセンに行き、クレーンゲームで遊んだ。
二人とも、人並外れて、動体視力と反射神経がいいので、大量の景品をゲットすることができた。
「なんかこういうことに力を使うとさ、ズルしている気がする……」
「いや、ズルではないやろ。僕らの実力やで」
たくさんの戦利品をかかえて、ナギは上機嫌だった。袋から今日の戦利品であるフィギュアをひとつとりだして、海咲にみせる。
「このキャラ、海咲に似てへん?」
「似てるかな? どのへん?」
「金髪で剣を持ってるところ」
「そこだけじゃん、一致してるの。……待って。その子、なんだか衣装がきわどくない? ひっくり返したら、下着見える感じじゃない?」
「確かに……見えそうやね」
海咲は、慌てて自分の戦利品の中から、クマのぬいぐるみを引っぱりだした。
「これと交換して。自分に似てるかもしれないフィギュアを所有されてるのって、なんだか落ち着かない」
ナギはすぐに交換に応じてくれた。
ナギに渡したクマのぬいぐるみを、名残惜しそうに海咲が見つめる。斧を持ったクマのぬいぐるみという変わったデザインが気に入っていたのだが、こうなっては仕方がない。
時刻は、午後五時を回っていた。そろそろ帰ってもいいころかもしれない。
ナギとの外出は予定外だったが、楽しむことができた。これも、ナギのおかげだろう。
そして、ふと思いつく。最近、学校が楽しくなっていた。
いつの間にか、休日に一緒に出掛ける友達もできた。
一ヵ月前の自分には、思いもよらなかった環境の変化だった。
すべて、ナギのおかげだった。
「……」
思わず、ナギにみいってしまう。英雄である海咲よりも、何倍も強くて、得体のしれない不思議なクラスメイト。
彼が現れたおかげで、海咲は異世界召喚に苛まれることも少なくなった。
「何でさ、椎名くんは、わたしに良くしてくれるの……?」
ふと、訪ねてしまった。
「んー?」
ナギが瞬きする。思案するように、目が上に動いた。
「海咲が可愛いからかなぁ?」
「っ……!?」
予想していなかった言葉に、背中を叩かれたような気分になった。
「は? え、え? ええ?」
素っ頓狂な声があがる。顔が赤くなる。動揺をさとられまいと、ナギに背をむけた。
「いきなりだね。ビックリした」
声がうわずった。
「もっと分かりやすくいうと……ほら、あれや。親が子供を守るんに理由はいらんやろ」
「…………可愛いって、子供が可愛いとか、そういう意味だったの……?」
一気に冷静になった。赤くなった顔が、平静をとりもどすのを感じた。
「そやね。そのイメージが一番近い」
「……」
そういえば、ナギは『熟女好き』だった。
海咲のことも、子供に見えているのだろう。
動揺した自分をバカみたいだと思い、海咲がナギにむきなおる。
「そっか。そうだよね」
「何かテンション下がってへん?」
「下がってへん、下がってへん」
海咲はそういって、ふるふると首をふった。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
海咲が提案すると、ナギが「荷物もつで」と、手を伸ばしてきた。
「大丈夫。そんなにか弱くないから」
そう言って、ことわった。
すると、ナギの手の甲に、黒いあざのようなものがあるのを見つけた。目を凝らしてみると、それはボールペンで書かれた文字だった。『7月22日』と横書きされている。
「何それ?」
何気なく、質問した。
「ああ、これな。みんなで海水浴に行く日や。忘れたらショックやけん、ここに書いとくねん」
「もうすぐ期末テストなのに……カンニングって怒られない?」
「あ……しもた」
間抜けな声を上げたナギに、海咲は思わず笑ってしまった。
「手帳とかにメモすればいいのに」
「そんな洒落たもの、持ってへんねん」
ナギが唇をとがらせた。
そこで、あることを思いついた。
「そうだ、少し付き合って」
ナギを先導し、ショッピングモールの中にある文房具店にはいった。
海咲は、ネイビーの表紙があざやかなスケジュール帳を購入した。そして、壁際に移動して、スケジュール帳を開いた。カバンからボールペンを取り出し、スケジュール帳の七月二十二日の欄に『海水浴』と青い字で記入した。
「良かったら、使って」
「ええ!? なんで、そんな悪いわ」
ナギに手帳を差し出すと、驚いて目をまるくした。
誕生日でもないのに、とつぜんプレゼントなどされては、その反応も当然だろう。
「今日も付き合ってくれたし、いつも守ってもらってるから……そのお礼としちゃ、つりあわないかもだけど」
少し恥ずかしくなってきた。
はやくうけとってほしい。
「ほら、もうメモしたから、返品できないの。使ってくれないなら、捨てるよ」
そう言っておどすと、ようやくナギが手帳をうけとった。
「ホンマかー。ありがとうなぁー」
海咲の口元が、おもわずほころぶ。
「こちらこそ、いつもありがとう。――ナギ」
苗字の椎名ではなく、他のクラスメイトと同じように、彼の名前を呼んでみた。
ナギは嬉しそうにわらっていた。




