神がかり的に変わる日常②
そんな生活がしばらく続いた。
朝はナギが家まで迎えに来て、一緒に学校へむかう。
帰りも、ナギと一緒に帰る。ナギは学校帰りに寄り道をしたがるので、それに付き合っている内に、海咲もクラスメイトと一緒に行動することが増えた。
異世界召喚に襲われることもなかった。
このまま平和な生活を続けられるような気がしていた。
「ほな、投票の結果を発表するで。投票結果はもちろん神社めぐ……海水浴ぅ!?」
「「「「イエェェェイ!!!」」」」
放課後の教室に、喝采が響いた。
今、ナギを中心に一致団結したクラスは、「夏休みにクラス全員で思い出作ろう」というナギの提案によって、団体で遊びに行く計画をたてていた。
目的地の意見を出し合って、その中から投票で行き先を決定する。
教壇に立ったナギとソルティが意見をとりまとめしていた。背後の黒板には、『海水浴』『登山』『キャンプ』など、あそびの候補が箇条がきで列挙され、文字の下に投票数が正の字で記されていた。
「嘘やん。なんで『神社めぐり』あかんの? 神社行きたいやろ!?」
ナギ推薦の『神社めぐり』が採用されなかったことに、彼はショックを受けていた。
落ち込むナギの肩をソルティーがたたいた。
「神社なんて行きたがってんの、ナギだけだから」
「そんなことないし! ほら。神社めぐりに投票した人、十人もおるで」
「それナギが一人で十票入れただろ」
「ち、違うよぉ」
ナギの目がおよいだ。
「票数合計してみようぜ」
「え。ちょ、アカン! それはアカンって!」
慌てるナギの様子をみて、クラスメイト達がケラケラと笑う。
「海水浴だって。今日か明日、水着買いにいかない?」
後ろの席から、ルカが声をかけてきた。
「悲しい話、だいぶ太ったからさ……。去年の水着入らなそうなそうなんだよね」
そう嘆いたルカの胸元に、海咲の視線がむいた。
「成長期なだけじゃない?」
「いや、お腹とかマジヤバイんだって。完全に受験太りだわ」
受験生と口にする割には、ずいぶんと放課後に遊び歩いている気がした。
「それにしても……水着か」
海咲はふん、と思案した。
家に、古い水着はある。しかし、最後に袖を通したのは三年以上前だ。異世界に行ったせいで、体型も変わった。もしかすると、古い水着はもうきられないかもしれない。
「いいよ。じゃあ、今日の帰りにでも行こっか」
「え? いや……帰りは、ちょっと……」
ゴニョゴニョとそうつぶやいたルカが、気恥ずかしそうにナギの方をみた。
「用事あった? じゃあ、明日でも……」
「用事っていうかさ。海咲って、今日もナギと一緒に帰るつもりなんだよね? 水着買いにいくのに……男子がついてくるのは、ちょっと……」
言いよどむルカに、なるほどと海咲がうなずいた。
「ごめん、そうだよね」
「じゃあさ、土曜日は?」
「わたしは大丈夫。……でも、一応、椎名くんの意見もきかないと……」
「ナギは呼ばないでよ!?」
ルカが目の色をかえて言った。
もちろん海咲も、水着の買い物にナギを呼ぼうと思ったわけではない。しかし、異世界召喚から守ってもらっているという立場上、海咲の一存で休日の予定を決めていいものかと、考えたのだ。
「じゃあ、土曜日で仮決定ね?」
クラスメイトと出かける予定ができてしまった。
待ち合わせの場所を決めて、時間を約束する。勘違いがないように、ルカに集合時間と待ち合わせ場所をメッセージで送信した。
「……」
最近、クラスのメッセージグループに入った海咲だったが、誰かにメッセージを送るのは、久しぶりだった。
そんなあたり前のことからさえ、自分が遠のいていたことにおどろく。
その後、話し合いで、海水浴の日程が、七月二十二日の海の日に決定した。
クラスが解散し、各々部活動や下校にむかう。ナギは遊びに行きたそうな顔をしていたが、期末テストが近いことから、人が集まらなかった。
今日は、海咲とナギもまっすぐに家に帰ることにした。
その帰り道。
ナギと海咲が並んで住宅街を歩いていた。何度も登下校を一緒にするうちに、歩くペースが意識しなくても、同じ速さになっていた。
「……という訳でさ。土曜日にルカと水着を買いに出かけたいんだけど……」
「ええよ。ていうか、自分の予定を決めるんに、僕に気を遣わんでいいで。僕が海咲のペースに合わせるけん」
ナギの言葉に、海咲が頬をかく。
「そうは言うけど……わたしは、守ってもらってるわけだし……」
「結果的には守っとるけどね。海咲のことがなくても、僕は異世界召喚をぶっ飛ばすために、ここに来てたんや。僕が僕の都合で動いとるだけやから、そこは気にせんでええよ」
ナギの声に、嘘をいっているような印象はない。
おそらく本心なのだろう。
「じゃあ、わたしが海水浴行かないって言ったらどうする?」
「うえっ!? ……ま、まぁ……もちろん、海咲を優先するよ」
ひどく残念そうな声だった。ナギは海水浴を、とても楽しみにしているらしい。
「……椎名くんさ、嘘がつけない奴って言われない?」
「言われへんよ。策略と知謀に長けた戦神って言われとるよ」
「何それ?」
海咲がくすっと笑った。
「とりあえず、土曜日やな。覚えとくわ」
「ついてくるの?」
「一応な。気づかれんようにコッソリついていくだけやから、空気やと思っといて」
ナギほどの手練れなら、普通の高校生を尾行することなど、朝飯前なのだろう。
そこで、ふと、海咲はあることが気になった。
「もしかしてさ……椎名くんって二十四時間わたしにはりついてるの?」
「いや、僕が海咲の近くにおるんは、学校の間だけや。そのほかの時間は、つくもちゃんって子が、海咲のそばにおるで」
「……うっそぉ……」
海咲が唖然とする。ぜんぜん気づかなかった。
「ちなみに、つくもちゃんは女の子やで」
しかも相手は女の子らしい。ナギに大敗したとはいえ、海咲は異世界帰りの英雄だ。戦闘スキルにはそこそこの自信があった。そんな海咲に、一切の存在を気取られないまま、尾行ができる人物がいるなど、想像さえしなかった。
「私生活に貼りつかれるっていうんは、気持ち悪いと思うけど、もう少し我慢してな」
「それは別にいいんだけどさ。ああ……自信なくすなぁ……」
海咲が頭をかかえる。もしかすると、海咲は自分が強いと思っているだけで、大したことはない人間なのかもしれない。
「前回の異世界召喚が意図的に海咲を狙ったものかはわからんけど、首謀者を捕まえたら、この件も終わりや。何も心配いらんで」
「首謀者って?」
「たぶん、異世界の神様や」
「……」
海咲の脳裏に、異世界の女神の姿がフラッシュバックした。
思わず身震いする。異世界の女神の姿を思い出しても、以前ほど取り乱すことはなくなった。だが、恐怖が消えたわけではない。
英雄になった今でも、あの強大な力を持つ女神を相手に、勝てる気がしなかった。
「海咲」
にゅっと、ナギが首をのばして、こちらの顔を覗きこんできた。
海咲がびっくりして肩をふるわせる。
ナギがにっこり笑った。
「心配いらんで。全部、僕に任せとき」
海咲の恐怖を見透かしたように、ナギがいった。
少しだけ心の中の恐怖がうすれた気がした。しかし、目の前の青年が、人知を超えた力を持つ女神に勝つビジョンは、いっさい浮かんでこなかった。
土曜日がおとれた。放課後に遊びに出かけることは多々あったが、休日に誰かと待ち合わせをするのは、数年ぶりだった。
昨日の海咲は、なかなか眠れなかったのに、朝は五時に目が覚めた。待ち合わせは九時なのに、気が付くと八時前には、待ち合わせの駅の中に立っていた。
(早く来すぎた……)
スーツを着て駅を行きかうサラリーマン達の流れを目で追いながら、ルカを待つ。
今日の海咲は、デニム地のショートパンツに、半袖のパーカーを合わせた私服で出かけた。カバンを肩にかけ、髪はいつものようにポニーテールに結い上げている。
待っている間に、ナギの姿を見つけた。
駅の柱にもたれて、海咲の方をうかがっている。
目があうと、手をふってくれた。
まだルカも来ていなかったので、海咲も手をふりかす。
自分が早く行動すると、ナギもそれに合わせて動かなければいけないということに、いまさら気がついた。
(悪いことしちゃったかな……?)
心の中で謝って、ルカを待つ。
待ち合わせの時間の五十分前に海咲のスマートフォンが震えた。
着信が入っていた。画面には、『ルカ』の文字。
「はい、真田です」
『ああ、海咲?』
スマートフォンの向こうから、ルカの声がした。
「うん。どうした?」
『実は、風邪ひいちゃったみたいで昨日の夜から熱が出てて……。悪いんだけど、今日の買い物……』
要約すると、ルカは昨日から体調をくずしていたらしい。なんとか朝までに治せないものかとねばったが、無理だったので、今日の集まりを延期したいという話だった。
「ええ、大丈夫? うん、うん。じゃあ、今日は延期しよう。……駅? 来てない来てない。ちょうど、今外に出たところだから。うん、それじゃあ、お大事にね」
通話を終了する。
顔を上げて、ナギの方に手をふった。ナギが反応したので、海咲はナギに電話をかけた。
『どないしたん?』
「ルカが体調悪いみたいで、今日の集まりなくなっちゃった」
『そっかー。それは残念やったなぁ』
ナギにいわれて、自分の声が少しだけ残念そうにしぼんでいることに気づいた。
『ほな、僕と遊びに行くか?』
「え?」
いつの間にか、柱の陰にいたはずのナギが、目の前にいた。
休日だというのに、ナギは学ランを着ていた。もう夏も近いというのに、熱くないのだろうか。ナギが通話終了のボタンをタップする。
「海咲気がむいたらでええけど、どうする?」
「……うん。行く」
こうして、今日はナギと出かけることになった。




