神がかり的に変わる日常①
ナギが海咲と戦った翌日。海咲の自宅のドアがひらいた。中から、学校に行く身支度を調えた海咲が出てきた。道路に立って、海咲を待っていたナギが小さく手をふった。
「おはよう」
「……」
ナギに声をかけられて、海咲は少しだけ驚いたように目を丸くした。
「おはよう……わざわざ迎えに来てくれたの?」
海咲がドアのカギをかけ、かばんにしまうと、こちらにむき直った。
「じゃあ、行こうか」
海咲がナギの隣に立ち、あるきだした。二人の歩幅が、じょじょにあっていく。
「……」
二人の間に、短い沈黙がながれた。
ナギの様子が気になるのか、歩く海咲がチラチラと視線をむけてきた。
「そういえば、前にも家に来たことがあったよね。あのときから、わたしを守ってくれてたの?」
「いいや、あの時は単に、一緒に通学しようと思っただけや」
「何のために?」
「会う回数を増やせば、仲良くなれるやろ?」
ナギの回答に、海咲がぷっと吹き出す。
「何その一昔前の恋愛ゲームみたいな思考……。完全に逆効果だったし」
「毎日顔合わせとるうちに、相手に愛着がわくことってない?」
「あるかな?」
「あるって。現に、海咲のクラスメイトは、海咲に愛着わきまくっとるやん」
「それは、あなたが記憶を書き換えたせいじゃないの?」
「違う。記憶の書き換えはきっかけをあたえただけや。あの子らが海咲に向けとる好意は、もともと海咲が持っとったものや。やけん、遊びに行った先で、海咲がどんなに不機嫌そうな顔してても、なんやかんやで仲良くやれてんねん」
「うっ……。やっぱり不機嫌な顔してた?」
海咲が顔をしかめた。
「顔どころか、態度まで不機嫌やったやん。何回空気が凍ったと思ってん?」
「っ……。でも、それ、あなたが悪いんだからね」
海咲が頬を赤くした。片手で、自分のポニーテールをこねこねしはじめた。
「最初からちゃんと説明してくれていれば、あんなことにはならなかったと思う……」
「説明したよ。海咲が殴り合わな納得せんかったんやん」
「それは……」
「だいたい、僕が来る前から、海咲は不機嫌そうな顔しとったんやろ? きいたで。話すんが面倒くさいから、外国人のフリしとったって」
「……」
ぐうの音もでずに、海咲が眉間にシワをよせた。
「みんなに、謝ったほうがいいと思う……?」
「蒸し返さんでええんちゃう? 別に誰も責めてへんし」
「逆に、その優しさが良心に刺さるんだけど……」
「やったら、今日からニコニコして接したったらええねん。謝罪されるより、そっちの方が嬉しいと思うで」
「そんなものかな……?」
海咲は少し不安げにつぶやいた。
「そんなもんや。ツンデレのデレが出たって思ってくれるわ。海咲みたいな奴のことをツンデレっていうんやろ?」
「たぶん、それは違う」
そんな雑談を続けているうちに学校の校舎がみえてきた。
「なんか、あっという間だったね」
そうつぶやいた声は、少しだけ名残おしそうだった。
ナギと海咲が教室に入ったのは、始業の十五分前だった。教室の中には、すでにほとんどのクラスメイトが登校しており、雑談に花を咲かせていた。
ざわざわした声に混じって、驚愕に震える女子の声がきこえてきた。
「あ、海咲……と、ナギ!?」
ルカだった。机に頬杖をついた姿勢で、こちらを見て、硬直している。
「おー、おはよう」
ナギが愛想のいい笑みを浮かべて、ルカに挨拶をした。
ナギは席にかばんをおろす。そのまま教室の後ろの方でざわざわしていた男子のグループに近づいていった。
海咲が自分の席にかばんを置き、席に座る。そして、背後のルカを振りかえった。
「おはよう」
「お、おはよう……」
ルカからぎこちない挨拶をかえされる。毎朝顔を合わせていたにもかかわらず、自分から挨拶をしたのが初めてだったことに気がついた。
「なに? 一緒に登校してきたの?」
「ああ、うん。家に迎えに来てくれて……」
「迎えに!? ナギが!?」
食い入るように、ルカが質問してくる。
「ナギ……、そうだね。椎名くんが……」
「え!? ええ!? えええ!?」
明らかに反応がおかしい。何をそんなに騒ぐことがあるというのか?
逡巡し、海咲はふと気がついた。男子と女子が仲良く一緒に登校してくる。しかも、男子の方は、その女子を家まで迎えに行ったという。これで、二人の仲を邪推するなという方が無理にきまっていた。ナギはあまりにも規格外の存在である上に、異世界召喚の脅威から守ってもらうという目的があったから、そのあたりに意識がむいていなかった。
「ちょっとそれってどういう、んぐっ」
まくしたてるように大声で喋りだしたルカに、威圧感を向けてけん制した。海咲の迫力にのまれ、ルカが息をつまらせた。
騒ぎ立てられては、たまったものではない。
注目されるのは、苦手だ。
「教室の前で会っただけ」
「んんっ?」
「教室の前で会っただけだから、騒がないで。いいね? わかった?」
目に少しだけ気迫をこめた。ルカが緊張した表情でふんふんとうなずいた。
(これでよし……。あとは、椎名くんに口裏を合わせてもらって……)
そう考えて、教室の後方にいるナギに目をむけた。
その時、教室のドアが勢いよく開いた。
開いたドアから、アカッシーが飛び込んできた。そして、大声で叫んだ。
「ちょっとちょっと! ナギと海咲が仲良く二人で登校しているの見たんだけど! どういうこと!? 昨日喧嘩してたのに、もう仲直りしてそんな関係になっちゃったの!?」
朝練終わりで、元気いっぱいのアカッシーの声は、教室中に響きわたった。
好機に満ちた無数の視線が、ナギと海咲にむけられる。
……いちいちこっちを見ないでほしい。海咲はそう思った。
放課後。海咲は、疲れていた。
ナギとの関係について、多くのクラスメイトから質問をうけた。
昨日までほとんど誰とも会話をしていなかったというのに、今日はたくさんの会話をした。慣れないことをしたせいで、昼休みが終わるころにはぐったりしていた。
一日が終わって、ようやくひといきつけると思った。
ナギは教室の後ろの方で、いまだにクラスメイト達から質問をくらっていた。
「何回も言いよるやろ。僕らは、ただのクラスメイトで、みんなが言うような関係やない」
「そんなわけないだろう?」
そう言ったのは、ソルティだ。
「わけあるって。あとさ、何でソルティは僕にコブラツイストかけよん? このポーズ意味わからんよね?」
ナギはソルティに、コブラツイストなる関節技をかけられながら、男子三人、女子四人にかこまれて、質問責めにあっていた。
まだしばらくは帰れそうにない。
「どれだけ口で否定しても、証拠は出そろってるんだよ。あれは何だ?」
ソルティがあごで、海咲のほうをしめした。
ナギも視線を海咲にむけて、頭に『?』をうかべた。
「海咲やね。それがどうしたん?」
「どう見ても、ナギのこと待ってんじゃん! 一緒に帰る気まんまんじゃん!」
「あー……」
しまった。海咲は頭をかかえた。
せめて、教室の外か、学外で合流できるよう打ち合わせておけばよかった。
ナギも否定してくれればいいのに、
「ホンマや。海咲を待たせてるから、今日はもう帰ってええか?」
なんて言いやがった。
語るに落ちたといわんばかりに、ナギを取り囲むルカやアカッシーが肩をすくめる。
「だいたいさ……、今日の海咲は、ほら……ねえ?」
「うん」
ルカの言葉にソルティがうなずく。
「人が変わったみたいに、雰囲気が優しい」
「恋は人を変えるのかっ!?」
ルカの言葉に、アカッシーが補足して、渋い顔をした。
「私らの話にも普通に反応してくれるし」
今日まで普通の反応をしていなかったことに、少しだけ申し訳なさが生じた。
「それに今日はナギのこと、全然睨んでないもんね」
「あれはもしかして、恋する乙女の視線だったのかな?」
妙な邪推が飛び交っている。
いいかげんしっかりと否定しなければ。海咲が、席から立ちあがった。
すると、ナギが言った。
「ないない。海咲かて、僕のことそんな目で見てないよ。だいたい、僕が海咲と付き合うって……」
ナギが言葉を続ける。
「それ――どんなロリコンやねん!」
「……?」
ナギのツッコミに、その場にいる全員がポカンとした。
「え……? 海咲ってロリっぽい?」
ルカが言った。
「いや、ハーフで背も低くないし、歳だって俺らより二つも上……あいたっ」
「こら、ソルティ。歳のことは言うな」
ソルティがアカッシーに叱られていた。
「海咲がっていうか、僕から見れば、みんななんてまだまだ子供やで」
平然とナギがいった。
「そ、そっか……」
ルカが若干、ひいていた。
この日、ナギはクラスメイトから『熟女好き』の称号を与えられた。
海咲はまっすぐ家に帰るつもりだった。
しかし、「遊んで帰りたい」とナギが言いだした。
「わかった。いいよ」
守られていることに負い目を感じているわけではないが、多少なら付き合ってもいいと思った。
そして、クラスメイトの男子三人、女子四人を巻き込んで、カラオケにむかった。
ナギの立案で、八十点以下を出したら、フリードリンクの一気飲み、手に汗握るカラオケバトル第二回戦が開催される。もちろん、海咲も強制参加だった。
前回の『殿様サンバ』ではなく、今回は海咲も持ち歌で挑戦した。
余裕で八十点は超えると踏んでいたのだが。結果は、七十二点。
「嘘!? この曲で九十点以下出したことなかったのに!?」
まともにカラオケを歌うのが、久しぶりすぎてなかなか感覚がとりもどせなかった。
結局、海咲はカラオケを出るまでに五杯もアイスティーを一気飲みすることになった。
そして、カラオケは終了し、ナギが家まで送ってくれたのだが。
「ごめん。少し休憩……いいかな……?」
帰り道、トイレが近くなって、何度もトイレに寄ったのは言うまでもない。




