ぬぐえぬ恐怖のぬぐい方②
結局、海咲は朝まで寝つくことができなかった。
寝ている間に、異世界召喚の魔法陣におそわれた場合、対処ができない。そう考えると、怖くて眠れなかった。
朝日が昇る。カーテンのむこうからきこえてきた小鳥の声に、ひどく精神を削られた。
狭い部屋のなか。ベッドのうえ。海咲は、体育座りの姿勢のまま、朝を迎えた。
ベッドの上におかれた聖剣を指先でもてあそびながら、つぶやいた。
「……学校、どうしようかな……」
いっそのこと、休んでしまうという選択肢もあった。しかし、休んだ結果、再び留年するようなことになれば、目も当てられない。
これ以上、異世界召喚に自分の私生活を脅かされるのが嫌だった。
ベッドから立ち上がる。
どちらにせよ、ナギには海咲の住所がばれているのだ。学校を休んだところで、危険であることに変わりはないだろう。
スタンドミラーの前に立つ。昨日は、制服のまま一夜を明かしてしまった。髪はみだれていない。しかし、ひどい顔だった。
頬がひきつっている。唇がカサカサで、目がギョロっとしている気がした。
自嘲気味にわらう。その気になれば、三日三晩、不眠不休で戦うこともできる。一晩の徹夜ぐらいで、ここまでの疲労を感じるはずがない。おそらく、自分は怯えているのだ。身近に迫った異世界召喚の影が恐ろしくて、こんな顔になっているのだ。
「大丈夫。わたしは強い。わたしは負けない……」
軽くシャワーを浴びて、朝食に作りおきのゆで卵を食べた。思えば、昨日の昼から何も食べていなかった。しかし、不思議とお腹はすいていなかった。そして、ゆで卵にいくら塩をかけても、味がしなかった。
朝の身支度はすぐにすんだ。しかし、海咲はギリギリまで家をでなかった。
昨日、カバンを学校に置き忘れてしまったので、家を手ぶらででた。学校へ向かう。遅刻寸前に校門をくぐって、教室にはいった。
教室には、すでに沢山のクラスメイトがいた。ざわつく教室の中、海咲の視線が、ナギの机にむいた。ナギの机は、空席だった。カバンもない。まだ学校には来ていないのだろう。念のため、教室を見わたしたが、ナギの姿はなかった。
「おはよう。今来たところ? カバンがあったから、もういるのかと思ってた」
海咲が席に着くと、後ろの席からルカが話しかけていた。それどころではない海咲は、返事をしなかった。始業の鐘がなる。すると、教室のドアが勢いよくひらいた。
「あっぶなぁ! ギリギリや!」
学ランの男子生徒が教室に飛びこんできた。
ナギがあらわれた。全身の毛穴が逆だつ。緊張感に胸が脈うつ。
ナギはまっすぐに海咲にむかってきた。思わず海咲が身構える。しかし、ナギは海咲の前を通過し、自分の席にかばんを置いただけだった。
「おはよう。海咲」
「……」
挨拶をするナギを、冷たい目でにらんだ。ナギが、となりの席に着いた。
教室に、担任教師がはいってきた。朝のホームルームがはじまった。
そして、一日の授業が終わった。海咲はナギを警戒し、ずっと気をはっていた。
怪しい動きはない。今日はナギの方から、必要以上に関わってくることもなかった。
このまま、ずっと後手に回っているわけにもいかない。
海咲は、ナギの目的を探るために、あえて放課後の教室に残った。ナギは、教室の後ろのスペースで、男子のグループに混ざり、雑談に花を咲かせていた。まだ帰るようなそぶりはない。ちらほらと帰宅を始めたクラスメイトに、ナギが寄り道へさそわれていた。
「遊びに行くけど、海咲はどうする?」
ルカが、海咲にも声をかけてきた。
「……」
ナギも遊びに行くのだろう。本音をいえば、行きたくはなかった。
しかし、ナギの狙いがわからない以上、彼を野放しにするほうが怖かった。自分の知らないところで、自分以外の誰かが、異世界に召喚されてしまうかもしれない。
「いいよ。行こうか……」
今日も海咲はナギに付き合って、クラスメイトと遊びにでかけた。
楽しそうに笑うクラスメイトのはしに、海咲がいた。
ナギはクラスメイトの男子とレースゲームの筐体にすわって、遊んでいる。
「ジャンプドリフトって何!? 待って。ずるいずるい! 今、赤甲羅は……アッカーン!」
ナギが悲鳴をあげた。
海咲は、その背中を睨みつけながら、今ならナギの首を簡単にとれそうだと、思った。
ナギが怪しいのは間違いない。それでも、何か決定的なものがなければ、人を傷つけてはいけないと思う自分がいた。そんな甘いことを言っていられる状況ではないのに。
「海咲はさー。何か好きなゲームとかある?」
不意に、ルカが話しかけてきた。
だが、今はそれどころではない。海咲の表情は険しいままだった。
「あ、はは……」
気まずそうに目をふせて、ルカが離れていった。彼らは海咲とちがって、楽しい学生生活をおくれるはずなのに。海咲のせいで、楽しい空気を壊してしまっている。
そのことが、少しだけ申し訳なかった。
土日の休日をはさんで、翌日も、そのまた翌日も、ナギは放課後に遊びにでかけた。
そのたびに、海咲は付きあった。
一緒に行動するうちに、徐々にクラスメイトの名前と顔が一致するようになった。
出かけた先で、海咲は終始不機嫌な顔でナギをにらんでいた。
海咲の態度がとげとげしいことに、クラスメイト達がなれはじめた。
カラオケボックスに出かけた先での出来事。
「次、海咲うたう?」
冷たい海咲の態度にもめげずに、ルカがマイクを差しだしてきた。
「わたしはいいよ」
断られることが、はじめからわかっていたように、ルカが笑った。
「オッケー。じゃあ、私の熱唱披露しちゃうよ!」
マイクをもって、場を盛りあげようと、明るい言葉を投げかけてくれる。
申し訳ないと思いつつも、海咲は自分を改めることができなかった。
異世界召喚に対する恐怖心で、頭がいっぱいだった。
何かひとつでもきっかけがあれば、ナギを倒しておわりにしよう。
そう思いつつ、毎日を過ごしたが、ナギは不審な動きをみせなかった。
日がたつにつれ、海咲の苛立ちはましていく。
「らちが明かない……」
そう思うようになった。




