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異世界召喚はもういらない  作者: るぷるぷ
14/40

不安の足音③

 時刻は、九時五十分。




 スマートフォンで時刻を確認し、海咲は校門をくぐった。




 授業中の静かな教室のドアを開けて、注目を集めるのが嫌だったので、さらに時間を遅らせて通学した。すでに一限目の授業が終わっていた。校舎の中からは、生徒たちの笑い声がきこえていた。人のいない運動場を横目に、校庭を海咲があるいていく。




「よい朝だな」


 不意に、後ろから声をかけられた。人の気配は、まったくなかった。




 驚いた海咲は、跳ねられたようにふりかえった。




 いつの間にか、海咲の背後に、褐色の肌の少女がたっていた。


 癖のあるブロンドの髪が、揺れる。明らかに日本人離れした風貌だった。海咲より背が低い。海咲と同じ明善高校の制服を着ていた。おそらく、この学校の生徒なのだろう。




 じっと見つめられた少女が、首をかしげた。


「誰……?」


「寝ぼけているのか?」


 小柄な少女が、外見にはにあわない横柄な口調でいった。コツコツと革靴をならして、海咲に近づいてくる。真っ赤な瞳に海咲をうつし、頬に指をあてて、首をかしげた。




今芥子いまげし モニアだ。忘れたのか?」


 少女は、モニアとなのった。外国人にありそうな、珍しい名前だった。生粋の日本人には見えない肌と髪の色をしている。海咲と同じように外国人の血が流れているのだろうか。もちろん、そんな少女の名前になど、一切覚えはなかったのだが――。




「今芥子……さん?」


 ――ふと、海咲の脳裏に、彼女の名前がうかんだ。夢にまどろむような感覚が生じた。




 そして、思いだした。彼女は、同じクラスの生徒ではないか。名前をよばれたモニアは、満足したように笑った。




「思いだしたなら良い」


 短くそう告げると、校舎の方に歩きだした。小さな背中が、海咲から離れていく。




「ああ、そうだ」


 最後にモニアが足を止め、ふりかえった。




「私を呼ぶ時は、モニアと呼べ。芥子の花は私の好みではないからな」


 モニアが校舎に消える。




 夢でも見ているような気持ちで、その背中をみおくった。時間にして、五分ほど。海咲は、ぼーっとモニアの消えた校舎をながめていた。ふと我にかえる。




「いけない。わたしも学校……」


 海咲も慌てて、校舎に駆けこんだ。校舎内にはいると、休み時間に教室からでてきた生徒の何人かとすれちがった。いつもと変わらぬ喧騒が、校舎の中に満ちている。




 通いなれた教室のドアをひらいた。同じクラスの生徒の何人かが、海咲の姿に気がついた。一方的に飛んでくる挨拶をかわし、自分の机にカバンをのせて、隣の席に座っている男をにらみつける。ナギがそこにいた。




「ああ、海咲……おはよう」


 目が合うと、ナギは気まずそうに顔を伏せた。




「……」


 海咲は返事をせず、どかっと、席に腰をおろす。


 海咲の様子をみて、後ろの席に座るクラスメイトが、驚いてかたまっていた。


「朝はごめんな。びっくりしたやろ?」


「……」


 鋭い目線で、ナギをにらんだ。その気迫に、うっとナギが身をひく。




「……何の目的があって、あんなことをしたの?」


「僕は、海咲と仲良くなりたいねん」


「それをして、あなたに何の得があるの?」


「得とかじゃなくてな……」


 あくまで、はぐらかすつもりらしい。ならばこれ以上、とりあう必要はないだろう。




「いいよ。無理に答えなくて」


 威圧感を瞳にこめる。


 気配に敏感な動物であれば、悲鳴をあげて逃げ出すほどの敵意をむけてやった。空気がビリビリと震えて、後ろの席に座るクラスメイトが、「ひぃ」と声をあげた。


「あなたの目的がなんであれ、わたしは絶対に負けない。少しでも妙な動きをしたら、その時は……」




 たたっ斬ってやる。




 言葉にするまでもない。この敵意を感じとれたなら、海咲の真意は伝わっただろう。




 海咲はナギから視線をはずし、不機嫌な顔のまま、黒板の方をむいた。




「……」


 肩を落としたナギに、後ろの席からルカが身をのりだして、顔をよせた。


「ケンカでもしたの? どうせまたふざけて、悪いことしたんでしょ?」


 平和な会話が、背後からきこえてきた。




 それは、海咲がいる世界とは、別の世界の会話だった。








 一日の授業が、つつがなく終わる。


 今朝のことで、下手に動くことを警戒したのか、今日のナギは大人しかった。


 とりあえず、平和に一日を過ごせたことに、海咲は胸をなでおろした。




 昨日までなら、ナギは当然のように「遊びに行こう」と提案してきた。しかし、今日は海咲の迫力を恐れたのか、そういった素振りもみせなかった。


 逆にナギがクラスメイトに遊びに誘われていたが、


「……考えたいことがあるけん、今日はやめとくわ」


 と、答えてかばんを持った。




 海咲はナギが誰とも行動しないことに、内心安心していた。今日は、自分も家に直帰しよう。カバンを持って、海咲が席をたつ。そこに、ナギが声をかけてきた。


「ちょっと話かまわんか?」


 カバンを持って立ちあがった姿勢で、海咲がかたまった。




 内心に警戒心をつのらせながら、こたえる。


「いいよ。何……?」


 ナギは周囲を気にするように、視線を動かした。そして、声を少し落としていった。




「ここじゃしにくい話やねん。どこか人気のないところに来てもらえんか?」


「……じゃあ、屋上にしよう。そこなら誰も来ないから」


 海咲の提案に、ナギがうなずいた。海咲は無言で動き出した。ナギが後ろをついてくる。


 その時、教室にジャスティン先生が入ってきた。




「ヘイ、ミスターナギ。大切なお話があります。少し時間をもらっていいデスか?」


「ごめん、忙しいねん。明日にしよう、ジャスティン」


 ナギはジャスティン先生を無視して、海咲についてこようとする。


「オウ、シット」


 ジャスティン先生が、ぺちんと額を叩いた。




 そのジャスティンの姿を横目にみて、ふと海咲は思いついた。




「いいよ。屋上で待ってるから、先に用事を済ましてきて」


「ええんか?」


 その方が、海咲にとっても都合がいい。




「そうか。海咲がそう言うなら……ほな、ジャスティン行こか」


「イエス!」


 ガッツポーズをとるジャスティン先生に連れられて、ナギが教室から出ていく。




 海咲は、二人の背中が教室からでていくのを見おくった。


 そして、彼らが見えなくなった途端に、走りだした。




 階段を駆け上がり、屋上へむかう。学校の屋上につながる扉は、南京錠と鎖で施錠されている。この南京錠は、つくりが簡素なもので、板状のものをつっこんでねじってやれば、簡単に開錠することができた。




簡易詠唱アクセプト――『氷河一閃フラウ』」


 氷結魔法を詠唱し、手の中に小さな氷の塊を発生させた。氷は、薄いカギの型に形成されている。海咲は氷のカギを南京錠に差し込み、回した。音を立てて南京錠がはずれ、鎖が廊下におちた。




 氷のカギと、外れた南京錠を廊下にすてて、海咲は屋上へつながる扉をひらいた。




 高いフェンスの向こうに青い空がひろがっていた。運動場では、部活に精を出す生徒たちの活気のある声が響いていた。




 平和な景色だった。




 海咲は、校舎の誰もいない屋上で、ただひとり、戦いの準備を始めた。




「風の精霊よ、重力の楔から我を解き放ち、一時の神速を与えよ――『脚力強化クイック』」


 速力の強化に加え、その他、基本となるバフ魔法を重ねがけする。


簡易詠唱アクセプト――『神経加速ハーモニクスブースト』、簡易詠唱アクセプト――『呪術無効ブレッシング』、簡易詠唱アクセプト――『空気ノエアディフェンダー』」




 魔法の加護により、全身を戦闘に向けて強化した。


 さらに。




「召喚――」


 持つものに力を与える女神の剣――聖剣を召喚し、手をたずさえた。


 ナギを迎えうつ準備はととのった。




「何もなければ、それでいい。だけど、少しでも怪しい素振りがあったら、その時は――」




 戦うことをためらわない。




 海咲は、覚悟を決めた。




 その時だった。




「――――えっ!?」




 足もとに、魔法陣が浮かびあがった。




 全身がふわりと、水の中にいるような浮遊感につつまれた。魔法陣は怪しげな魔力の光を発し、引力が海咲を魔法陣へと吸いこもうとした。




 開きっぱなしになっていた、屋上の扉のむこう――床の上に無造作に落ちていた南京錠と鎖が、魔法陣に吸いこまれて消えた。




「っ、くぅっ」




 とっさに、海咲は屋上の扉を蹴った。その勢いで宙へとびあがる。魔法陣から距離をとると、引力が弱まった。手近にあった貯水槽の壁に手をひっかけて、それによじ登った。




「これは……?」


 魔法陣を見下ろして、声をもらす。


 異世界の魔法だ。しかも、この魔法には見覚えがあった。




 否、忘れるはずがない。




「異世界召喚の魔法陣だ……」




 つぶやいた声が、恐怖で引きつっていた。




 魔法陣の引力を回避できたのは、偶然だった。仮に海咲が、魔法による身体能力の強化をほどこしていなければ、消えた南京錠と同じように、異世界へ召喚されていただろう。




 カチカチと奥歯が鳴った。立っていられなくなって、貯水槽の上に、ぺたんと座りこんでしまった。腰を抜かしていた。




「大丈夫……、わたしは負けない……。大丈夫……」


 恐怖に打ち勝つべく、暗示をかけるようにつぶやいた。




 魔法陣は徐々に魔力を消費し、ゆっくりと薄れ消えていく。


「海咲!」


 屋上に声がひびいた。




 海咲が肩を震わせて、声の方をむく。屋上の入り口に、ナギが立っていた。


 ナギは、海咲を見つけると、安心したように肩の力をぬいた。




 魔法陣が消える。与えられた魔力を使い切ったのだろう。


 貯水槽の上に座り込む海咲に、ナギが駆けよってきた。




「よかった。無事やったんやな。大丈夫か? 怪我とかしてないか?」


 ナギの質問を、パニックになった海咲は何一つ理解することができなかった。




「降りれるか? もしかして、立てへんのか? 待っとれ。今、そっちに……」


「来ないで!」


 近づいてくるナギに、聖剣の切っ先をむけた。




 鋭い刃にさらされて、ナギの動きが止まる。


「どうかしたんか?」


 凶器をむけられているというのに、ナギは平然と質問してきた。




 彼の考えがわからない。否、彼の目的はもうわかった。


「わたしをこんな所に呼び出したのは……異世界に召喚するためね?」


 念を押すような、海咲の口調。




「……」


 ナギの眠そうな目が、わずかに鋭さを増した。


「今の、やっぱり異世界召喚なんやな。違うで、僕は……」


「言い訳はきかない!」


 ナギの発言をさえぎり、海咲が叫んだ。




「何を言われても、わたしはあなたを信用しない。今すぐわたしの前から消えて。それができないなら……斬る」


「……」


 ナギがだまった。困ったような顔で頬をかいて、しばし思案した後、口をひらいた。




「海咲のいうとおり、僕は異世界召喚の関係者や。今日、ここに海咲をよんだんは、僕が怖いなら、僕がこの学校から転校するよっていう、話をしようと思ったからやねん」


 ナギの声は優しかった。




 しかし、恐怖に支配された海咲の心は、ナギの言葉をききいれられない。


 何かの目的があって、時間稼ぎのために会話をしているのではないか。そんな考えが頭をよぎった。だとすれば、ここにとどまり続けるのは危険だ。




 足に力をこめる。腰を抜かしていた海咲だったが、動ける程度には回復していた。


「話はここまで……」


 海咲が立ちあがる。貯水槽の上から、屋上のフェンスの上にとびうつった。




「危ない! 落ちるで!」


 フェンスを飛び越えてしまいそうな海咲を見て、ナギが慌てたような声をあげた。




 海咲は返事をせず、フェンスを蹴って屋上から飛びおりた。


「海咲!」


 慌ててナギがフェンスにかけよってくる。


 落下する海咲は、校舎の壁を掴んで、開いていた窓から校舎に飛びこんだ。




 そこは、下級生の教室だった。すでに生徒も下校済みで、教室の中には誰ひとりいなかった。教室から廊下に出て、逃げるような足取りで家に帰った。




 そして、問題なく家に着いた。少しだけ安堵をする。




 玄関のドアに鍵をかけるのと同時に、その場に座り込んでしまった。




 かばんを教室に置きっぱなしにしてしまったが、今はそれどころではなかった。




 震える手で自分に触れて、再確認する。




「わたしはもう、異世界召喚なんてされないっ……!」


 つぶやいた声は、願いのようだった。




 しかし、その声は誰に届くこともなかった。



少しでも、面白いと感じていただけたら、





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よろしくお願いいたします。

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