変化する日常④
放課後になった。今日一日、海咲はナギの術をかけられたというクラスメイトたちを観察していたが、別段変わった様子はなかった。
海咲は、ナギについて分かっていることを、頭の中で整理してみた。
目の前で魔法を解いて見せた。ナギ自身が、が異世界の関係者であることは間違いない。海咲と同じく異世界に召喚され、帰還した日本人である可能性はあるだろうか。その可能性は十分にある。
しかし、ナギが海咲に近づく目的が分からなかった。
もしかすると、ナギは海咲を異世界へ連れ戻しに来たのではないだろか。
そんな考えが頭をよぎった時、胸の中に妙な不安がこみあげてきた。
「大丈夫……大丈夫」
自分にいいきかせる。この場に海咲の味方はいない。
だが、曲がりなりにも、自分は異世界を救った英雄なのだ。
どんな敵が現れたって、そう簡単にやられるはずがない。
ナギはそんな海咲の心中にも気づく様子はなく、今日一日を楽しそうに過ごしていた。
英会話の授業中のことである。
「それで? 結局、ジャスティンの故郷の味って何なん?」
「アハン。寿司デスネ!」
「思いっきり日本食やないかい!」
「オウ、シット!」
ナギは、気難しいことで有名な英会話教師、ジャスティンの薄くなった頭を、ハリセンで引っ叩いた。
――スパァン!
という、小気味の良い音が教室中に響き渡り、教室が笑いの渦に包まれる。後ろの席のルカが、高校生の割には大きな胸を抱えて、涙が出るほどに笑っていた。
「ヘイ。ミスターナギ。学生を辞めて、ワタシと一緒に、お笑いの頂点を目指しましょう」
「先生が学生に退学をすすめるって、どないやねん!」
――スパァン!
またナギがジャスティンの頭を、ハリセンで引っ叩いた。
「オウ、シット!」
ジャスティンが頭を抱える。
「それとな、僕はもう海咲とコンビ組んでるねん。残念やけど、諦めてくれ」
そう言ったナギが、流し目で海咲にウインクをしてきた。
「オウ、嫉妬……」
ジャスティンがうらめしげな目を海咲に向けてくる。
もちろん、ナギとお笑いコンビを結成した記憶などなかった。
ナギは、誰かと会話をするときに、その会話の輪に海咲を加えようとする傾向があった。
休み時間のたび、「海咲、海咲」とファーストネームを呼び捨てにして絡んでくる。悪意は一切感じられなかったが、ナギに対して警戒心を抱いている海咲にとって、彼の行動は恐怖でしかなかった。
「海咲ー。これから、皆でゲーセン行くけど、来れる? 僕、皆でプリ撮りたいねん。プリ。最近のやつって落書きとかできるんやろ?」
声を弾ませて、ナギが学校帰りの寄り道に誘ってきた。ナギの周りには、出発を待っているクラスメイトがいた。昨日、カラオケで見た顔ぶれも何人か混じっている。
ナギの目的が読めない以上、できるだけ彼を監視下においておきたかった。
「分かった。行くよ」
答えた海咲が席を立つ。想像以上に、低い声が自分の口からもれた。
「大丈夫? 嫌なら、無理しなくてもいいんだよ……」
あまりに海咲の表情がこわばっていたためか、後ろの席から、ルカが声をかけてくれた。
「ううん、大丈夫。行くから」
作り笑顔もせずに、そう答えた。
宣言通りに、ナギはクラスメイト三人と海咲を引き連れて、ゲームセンターへと向かった。ナギは「プリを撮りたい」と言い出したが、アカッシーが「恥ずかしい」と言って拒否をした。それでもなんやかんやで、全員でプリを撮った。
変顔をしたり、手で目元を隠したり、各々好きなように暴れて何枚かのプリを撮った。
「ほな、これ海咲の分な」
ハサミで切り分けられたプリを、ナギに押し付けられた。
楽しそうに笑みを浮かべるクラスメイト達とは相対的に、プリの中の海咲は、ひどくこわばった表情をしていた。




