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異世界召喚はもういらない  作者: るぷるぷ
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プロローグ 私の氏子が異世界召喚されませんように



「また異世界にっ! 私の氏子がさらわれた!」



 日本八百万の神々の中で、とある地域の頂点に立つ存在、五穀豊穣の神ツキは、全身が震えるほどに腹を立てていた。


 天界の執務室で、彼女の怒声が響き渡る。


「私の可愛い氏子が! 氏子が! うじ、きぃぃぃいいいいい!!!」


 眉目秀麗、才色兼備、ひとたび彼女を目にすれば、至高の美しさに心まで浄化される。

 そう、うたわれた美神びじんが、顔を真っ赤にして子供のように地団駄を踏んでいる。

 艶のある黒髪をワシワシとかきむしる姿は、もはや別神べつじんであった。


主様あるじさま、少し落ちついて下さい」


 ツキの秘書を務める下駄の付喪神が、見かねて声を掛けた。

 しかし、下駄の付喪神の言葉も、ツキの高ぶりを沈めるには至らない。


「これが落ち着いていられますか! 300人……300人ですよ! 今年に入って今日で300人、私の可愛い氏子が、異世界に連れ去られたんです!」


 ツキが叫ぶ。長いまつげの上に、大粒の涙がうかんだ。


「最近では、毎年500人以上の氏子が異世界に召喚されるというのに、帰ってくるのは10人にも満たない数なんですよ。残りの氏子はどうなったんですか! ……怖い目にあって泣いていたら、ひどい目にあって……死んでしまったりなんかしたら……」


 うわぁぁぁん!

 ついに、ツキは堪えられなくなって泣いてしまった。

 それはもう、子供のようにわんわん泣いた。


 そして、高級な単衣の袖で涙と鼻水を拭う。両手で顔をおおって、スンスン泣く。すると、泣いて少し落ち着いたのか、波が引くようにツキの動きと泣き声が止まった。



 一拍の静寂。



 すると、ツキが唐突に立ち上がった。


「抗議します」


 怒気をはらんだ、低い声でいった。


「は……?」

 きき返す下駄の付喪神に、ツキは声を張り上げた。


「もう我慢できません! 異世界の主神に、私が抗議します!」

 その言葉に、下駄の付喪神が焦りだす。


「ま、待って下さい! 主様が直接ですか? どこの異世界の神が、異世界召喚をしているかも分かってないのに、どうやって?」


「片っ端から胸ぐら掴んで、問いただしてやるんですよ!」


 冗談でしょう。そう言いたかったが、ツキの目は本気だった。


「外交問題になります!」


「上等じゃないですか! やってやりましょう! 日本の神が、日和見主義者の弱腰外交だと思われるから舐められるんです!」


「戦争になります!」


「望むところですよ! 可愛い私の氏子たちが受けた、苦しみの一端でも、やつらに味わせてやるんです!」


 今にも飛び出していきそうな勢いのツキを、下駄の付喪神が羽交い絞めにして押し倒した。

 床に転がったツキが、子供みたいに手をバタバタさせて暴れる。


「戦争戦争戦争! 戦争するんだうわぁぁぁん!」


 ツキが再び、だばだばと涙を流し始めた。

 どうしたものかと下駄の付喪神が困った顔をしていると、執務室の扉をノックする音がした。

 返事を待たずに扉が開き、中に若い男神おがみが入ってきた。


「何か戦争って聞こえたけど、どないしたん?」


 もう昼過ぎだというのにストライプ柄のパジャマを着て、寝癖で髪をボサボサにしている。このしまりのない目つきの男神は、名前をシイナといった。


 シイナは、戦国の世では、戦に勝利をもたらす神として、信仰を集めた戦神だった。しかし、平和になった現世では、ろくな社も持たずにフラフラとしている野良犬のような神だ。ロクな稼ぎもないので、今はツキのもとに居候として身を寄せている。


 ありたいていにいってしまえば、この男神はツキのヒモだった。


「ところで、僕の朝ごはんがなかったんやけど、ご飯どうしたらええ?」


 ふてぶてしくも、ツキと下駄の付喪神を見下ろしながら、そんなことを言ってきた。

 無礼な振る舞いに、下駄の付喪神の態度がささくれ立つ。


「朝ごはん? 今、13時ですけど?」

「細かいことはええやん」


 シイナはツキの前でうんこ座りをした。


「それで? 主ちゃんはどないしたん? こんな泣いて。らしくないで」


 シイナが自分のパジャマの袖で、ツキの頬を拭った。


「主"様"! 様を付けなさい様を!」


 下駄の付喪神が叱責するが、


「シイナ様ぁ」


 ツキの方が、様付けでシイナを呼んでいた。


「おーおー、どうしたんな主ちゃん。べっぴんさんが台無しやで」


 下駄の付喪神に押さえつけられていたツキが、シイナにすがりついた。

 パジャマに顔をうずめながら、くすんくすんと泣く。


「私の氏子が異世界にさらわれるのです。異世界の神が、私の氏子をさらうのです」


「そやなぁ、最近異世界の神々に日本人が流行っとるもんな。日本人は品行方正で真面目やし、欲がなくて情に厚い……。日本人は、いい子が多いもんな」


「いい子だから辛い目にあうのなら、悪い子でいてくれたほうが良かった。私があの子達をより良い方向へと導いたせいで……あの子達は異世界にさらわれたんです……」


「よしよし、辛いなぁ。でも、主ちゃんは悪くないよ。悪いんはうちの子を勝手にさらう異世界の神なんやから。主ちゃんは間違ってないけんな」


 シイナがツキの頭を撫でる。

 ツキはシイナに抱きついて顔をうずめたまま動かなくなってしまった。

 過程はどうあれ、ツキが落ち着いたことに、下駄の付喪神はほっと胸を撫で下ろした。


 下駄の付喪神が、大人しくなったツキをはなし、立ち上がる。

 すると、シイナが下駄の付喪神の方に視線を向けてきた。


「どないする?」


 そんな質問をされた。

 目を瞬かせた下駄の付喪神に、シイナが眉をひそめた。


「主ちゃんがこんなに悩んどるんやで。何とかしたらなイカンやろ」


 パジャマを着ている居候が、偉そうに口をだしてきた。


「何とかといわれても……」


 下駄の付喪神としても、この問題に何か対策を講じたいのはやまやまだった。

 しかし、あまたの異世界が存在する中で、どの異世界の神々が、日本人に手を出しているのかさえ、分かっていない。


「打つ手がないんやね?」

「……はい……」


 下駄の付喪神が、肩を落とし、うなずいた。


「せめて、とられた氏子だけでも取り返せんの?」

「……それは、不可能です」

「なんで?」

「我々には、どの異世界に氏子がさらわれているのか、知るすべがないからです……」


 下駄の付喪神の言葉に、シイナが目を丸くした。

 下駄の付喪神が続ける。


「悔しい話ですが、『異世界召喚』の技術について、我々の世界は、他の世界より著しく劣っています。氏子がさらわれた異世界を特定することすら、現状ではままなりません」


 シイナは話を聞きながら、ツキの首の角度を、呼吸がしやすいように調節した。

 隙間に見えたツキの目は、痛々しいぐらいに赤く腫れていた。


「イカンやん」


「そうなんです。イカンのです。今までも私から異世界の神々に、抗議の文書を送ったりはしているのですが、ほとんど相手にされていないというのが現状です。それどころか、異世界の神々は、異世界召喚された氏子が異世界で成功をおさめた例などを小説化し、ネット配信を通じて異世界召喚に対する印象操作にも乗り出しています」


「異世界からネット配信なんできんの?」


「魔法と呼ばれる術の応用ですね。配信には小説投稿サイトと呼ばれるサイトが使われています。これを読んだ氏子が『異世界に行きたい』と思うことも少なくないようです」


「情報戦まで仕掛けてくるとか、もう戦争やん……」


 神妙な顔で話を聞いていたシイナは、ふぅと息を吐いた。


「こっちからは手出しができんのに、相手は好き放題に、うちの氏子をもっていくか……」


 思いつめた表情のまま、シイナが言葉を続けた。


「それやったら、持っていかれる氏子の中に毒を混ぜるしかないね」


「毒、ですか?」


「そうや。氏子の中に受肉した日本の神を混ぜとくねん。そいつが異世界召喚されたら、下手人がわかるやろ」


「それは……いくらなんでも、無謀ではありませんか?」


 下駄の付喪神が、眉間にしわを寄せた。


「異世界召喚の対象になりえる氏子が何人いると思うんです? その中に神を数人混ぜたとして、引き当てられる確率なんて……」


「せやけど、他に方法がないんやったら、やるしかないで。餌は少なくても、何もせんよりましや」


「それはそうですが、そんな暇な神なんてうちにはいませんよ……」


 下駄の付喪神が、悩ましげな表情でつぶやいた。


「ここにおるがな」


 シイナの親指が、自分を指した。


「僕が受肉して下界に降りる。高校生のフリでもしとけば、運がよければ釣れるやろ」


 寝て起きて食うだけの生活を二百年も続けてきたシイナギの口から出た、予想外の提案に、下駄の付喪神が目をまたたかせた。


「……あなたがそんなことを言うなんて、想像もしませんでした」


 ツキの頭を撫でながら、シイナが優しく微笑む。

 目元を泣きはらした主様が、顔を上げた。


「行ってくださるのですか?」


「おう。任せとき。主ちゃんの大事な氏子、ちゃんと守ったるけんな」


「シイナ様……」


 主様の表情がみるみる歓喜に染まる。

 下駄の付喪神は、シイナという戦神を見くびっていたことを恥じた。

 しかし、彼に対する評価を改めたのもつかの間。


「そんでな。言い難い話……受肉して現世に行くにあたっては、生活費が必要かと思うんやけど。ほら、僕って無収入やん? そのへん何とかならへんかなぁ」


 シイナギが主様に金をせびっていた。


「…………」


「そのぐらいお安いご用です。とりあえず1千万ぐらいで足りますでしょうか?」


 絶句する下駄の付喪神をよそに、ツキが大金を支払おうとしていた。

 ちなみにこの金の出どころは、ツキがまつられた神社のお賽銭だ。


「……念の為、もうちょっと色つけて貰えん?」


「おい、貴様!」


「じゃあ、1億えっんぐ」


 もう一声に応えようとしたツキの口を、下駄の付喪神がさっと手でふさいだ。


 手のひらの下で、主様が「んーんー」と声を上げる。下駄の付喪神は、心の中で『無礼をお許し下さい』と祈りつつ、シイナに言い放った。


「月に5万です」


「は?」


「あなたの働きぶりを見て、有用性があると判断する限り、私から毎月5万円を支給します」


「いやいや。大学生への仕送りとちゃうんやで?」


「十分でしょう。学生のフリをして日本で生活するだけなんですから」


「それやったら、さっきの金額でええわ。足らんなったら貰いに来るから、とりあえず1千万ちょうだい」


「月5万です! 5万5万5万5万5万っ!」


 早口にまくし立てて、主様にたかるヒモを黙らせた。


「今の早口、ちょっとオモロイやん……」


 何故かシイナは感心していた。下駄の付喪神は自分の財布から5万円を取り出し、指で弾いて数を確認し、シイナに押し付けた。


「はい! これでいいですね!」


 反射的にシイナが5万円を受け取る。

 シイナの視線が、手にした5万円とツキを見比べていた。


 これ以上、ツキを揺さぶられてはかなわない。わざとらしく目をウルウルさせてツキにすり寄ってくるシイナを、下駄の付喪神は執務室から押し出しにかかった。


「押さんで! 待って。もうちょっと僕の意見聞いて?」


 シイナは抵抗したが、付喪神は聞く耳を持たなかった。


「わーっ。わーっ! 分かった。行く! もう行くけど、これだけ言わせて!」


 そして、執務室から追い出される直前、シイナが腕を高く振り上げた。


「主ちゃん!」


 シイナがツキを呼んだ。

 何かとんでもないことを口走るのではないかと、下駄の付喪神は押し出す力を強める。


 そして、去り際にシイナは、ツキに向かって言いきった。


「もう心配せんで大丈夫やで。全部、僕に任せとき!」


 ツキはハッとした顔になって、そして嬉しそうに笑った。


「はい。どうかよろしくお願いします」


 ツキがシイナに頭を下げた。

 いつも一緒にいる下駄の付喪神も、こんなツキの笑顔を見るのは久しぶりだった。


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