【九十六 飲み比べ勝負はかしこく】
この男を孫悟空は一撃で眠らせることはできるが、往来でやることはできないし、第一暴力は玄奘が認めない。
(そうだ!)
「わかりましたぁ!ちょっとお待ちくださーい」
何かを思いついた孫悟空はニヤニヤしながら酒壺をもって男に背を向けた。
(ひひひ、中身全部水に変えちまおうっと)
孫悟空は術を使って、酒壺の中身を酒から山中の清流の水にしてしまった。
「へへ、袖ふれあうも多少の縁ってね。喜ばしい出会いにかんぱーい!」
そんなことには気づかない男は、上機嫌でそう言い盃の中身を一気に飲み干した。
「なんだあこりゃ、水のようにすきっとしたいい酒じゃねえかぁ!」
男は呂律の回らない声ではしゃいだ。
(水だからな。酔っ払いめ)
その背後で孫悟空はこっそり毒づいて笑う。
「いくらでも飲めるぞぉおおおお!!」
だがおかわりをしようとした男は、そう叫んで突然その場にどうっと倒れてしまった。
「しっかりしてください、大丈夫ですか?悟空、どうしてこんなに酔っている人にお酒を……ん?このお酒は……お酒ではないですね、水ですか?」
お酒で頭がおかしくなったのかと玄奘は憐れむように男を見た。
「……ば、バカやろ〜!こんな……うまい酒が水な訳……あるか〜!!」
男はヘロヘロと拳を振り上げるが、力が入らずグネグネとうごくばかり。
「でも……これ、水ですよ……?」
「俺が術で水に変えたんです」
ヒソヒソと孫悟空が玄奘に耳打ちをする。
「えー!このおじさん水だけで酔ってるの?!」
玉龍は意味がわからないものを見るように首をかしげた。
そうこうしているうちに男から大きなイビキが聞こえてきた。
「とにかく,この方を運ばなくては……!」
細身の悟空に運べるだろうかと玄奘が男を伺ったら、なんと男の顔は豚になっていた。
「わあ、このおじさん、ぶ……!」
男が豚の妖怪だと知れれば街中が混乱するかもしれない。
そう思った玄奘に玉龍は口を塞がれた。
「ぶ、ぶうぶうすごいイビキですねえ!どうしましょう」
玄奘はそう言いながらサッと手巾を袂から取り出して豚男の顔を隠すように巻く。
(お師匠様たちもきづいたか……)
孫悟空が「あちやー」と天を仰ぐと、玉龍も玄奘を手伝い、豚男の頭に布を巻いて耳を隠し、口元にも余った布を巻いて特徴的な鼻を隠した。
「なあ、誰かこいつの家しらねえか?」
孫悟空が声を張り上げると、往来の人々は足を止めて何事かと寄ってきた。
「おやおや、高家の若旦那じゃないか。こんなに酔い潰れるなんてめずらしい」
「ほんとうさね。この人はお酒が飲めないはずなのにねえ」
「このおじさん、お酒が飲めないのに酔ってるの?なんで?」
玉龍が聞くと途端に人々の顔が曇って顔を見合わせ、事情を知っているようだがあたりを見回すばかりで話してくれることはなかった。
「で、このかたのお宅は……?」
玄奘が尋ねると一人の年配女性が答えてくれた。
「あ、ああ、この通りで一番大きな店がこの旦那の家さ。ほら、あそこだよ」
「ありがとうございます」
「ほら、おっさん立てよ!」
「ん……?んん〜」
豚男は唸りながら孫悟空の肩に身を委ねた。
「ぐえ、おもい……玉龍、馬になってこいつを乗せてくれよ」
「やだよ!お酒くさくなっちゃう!」
「じゃあそのままでいいから手を貸せ。重すぎて動かせねえんだよ」
「えー……しかたないなぁ」
玉龍は渋々と孫悟空の隣りに立ち、支えると、孫悟空はの協力して豚男を目的地まで運んだのだった。




