【九十五 酔っ払い】
それは妙にガタイの良い男で、顎には無精髭が生えている。
まだお昼なのにベロベロに酔っているようで、顔は真っ赤で足元もおぼつかない。
男の腕でがっちりとつかまれた玄奘と玉龍はあまりの重さに前のめりになった。
玉龍は元々龍なので力もそこそこあるが、ひ弱な玄奘は錫杖を杖代わりにしてなんとか転ばないように堪える。
「くっさ!なにこいつ酒くさい!!まだお昼だよ?!ていうかボク男なんだけど」
鼻をつまみながら女性に間違われた玉龍がブスっとして言う。
「これ玉龍、他人に対して臭いなど……うぇっくっさ!」
「おシショーさんも言ってるじゃん!しかもオエってえづいちゃって、ボクよりひどくない?」
玉龍の指摘に玄奘は咳払いをして鼻と口を袖口で抑えた。
「全く、昼間からお酒など……体に良くないですよ!」
「いいんだって。酒は百薬の長ともいうだろう?」
ヘラヘラと笑う男の、むわあん、と酒くさい息を正面から浴びて玄奘は気絶しそうになった。
「うぇっぷ……」
酒なんか飲んだことのない玄奘は耐性がなく、匂いだけで涙目になっている。
「とりあえずお前はお師匠様から離れろ!」
孫悟空は青い顔をして口を押さえる玄奘を男から引き剥がし、男をはがいじめにした。
「おシショーさん、大丈夫?」
孫悟空のおかげで玉龍もへとへとになりながら男から離れることができ、如意宝珠を使って玄奘を癒す。
孫悟空に羽交締めにされた男はヘラヘラ笑ったまま顔を孫悟空に向けた。
お酒が回って眠たいのか、目が半開きだ。
その顔を見て孫悟空は首を傾げた。
瞳の色は人間に似せているが縦に伸びた瞳孔のかたちが明らかに人とは違う。
(こいつ、人じゃねぇな……妖怪が人のフリして街中で暮らしてんのか?)
よく見れば、少し髪に隠れている耳の形も尖っていて先端は豚の耳のように垂れている。
「おんやあ?おチビちゃんがおじさんの相手をしてくれるのかい?」
探ろうとしていた孫悟空に男がニタニタ笑って言うものだから、孫悟空の思考は男の正体を探り当てる前に止められてしまった。
「は?誰がチビだってぇええ〜?」
その男は悟空より背が頭二つ分高いので、彼から悟空は小さく見えるけれど、悟空の身長はおチビというほど低くない。
少なくとも玉龍と玄奘よりは背が高い。
逆上する孫悟空の様子には気づかず、男は顎の無精髭を撫でながら孫悟空に顔を近づけた。
酒のせいで視界もはっきりしないらしい。
だがそれでも男は目を細め、定まらない視点で値踏みするように孫悟空を見ている。
(う、酒くっさ……どんだけ昼から飲んでんだよこいつ)
だが、顔を背けたり鼻を押さえたりすると、なんだかこの男に負けたような気がして悔しい孫悟空は、顔も背けずに男を睨み上げた。
「ン〜子どもはあんまりタイプじゃないけど……まあ……ほれ」
「な、何だよ」
男は腰に下げていた小さな酒壺を孫悟空に渡した。
「酒だよ、さーけ!この杯にこれを並々注いでくれよ」
「はぁ?アンタまだ飲むのか?」
呆れた孫悟空は男が出した盃と酒壺を交互に見る。
「そしてこれが……はい、おチビちゃんの分〜」
「は?俺は今は、酒は……」
孫悟空は元々酒は嗜む程度で、好きでも嫌いでもない。
どちらかと言うと果物の方が好きだ。猿の妖怪だし。
だが僧である玄奘の弟子になったため、仏教の戒律のためお酒は飲まないことにしているのだ。
「悟空……」
心配そうな玄奘の声に、大丈夫だと手を振って孫悟空はほんの少しの間考え込んだ。




