【九十三 玄奘の転生事情】
玄奘の過去世の人間たちは、もしかしたら今生と同じように天竺を目指して旅立っていたかもしれない。
「おシショーさん……何度も何度もだなんて……とても大変だね」
その話をずっと黙って聞いていた玉龍がつぶやいた。
玄奘は何度生まれ変わっても同じ使命を課せられる。
成就するまで何度も何度も。
それはまるで呪いのようだと、玉龍は玄奘が可哀想でたまらなくなり、目の前に立つ玄奘の背を見つめた。
だが玄奘は自分の魂に課せられているであろう重い試練に戸惑うどころか、心が躍るのを感じていた。
(釈迦如来様が私に期待してくださっている……!)
仏像や経典の中でしか知らない釈迦如来が、だ。
観音菩薩だけではなく釈迦如来にまで、と玄奘は畏れ多いような、くすぐったいような、けれどもとても高揚した気持ちで観音菩薩を見上げた。
「観音菩薩様、私は……!」
(その期待に、必ず応えて見せたい!)
観音菩薩を見つめる玄奘の目は、先程までの落ち込んでいた時とは打って変わり力強い光を放っている。
「釈迦如来様にお伝えください。今生こそ必ず、天竺へ辿り着いて見せます!この十回目の今生で、必ずや……!そして釈迦如来様より経典を授かり人々を救って見せます!」
今生こそ生きて天竺の地を踏むのだと。
玄奘の強い決意に満ちた言葉に、観音菩薩は一瞬驚きそして頷いた。
「──期待していますよ。そのために、私も……いえ、私以外の菩薩たちも協力は惜しまないつもりです。何かあれば頼ってくださいね」
観音菩薩はそう言い、玄奘の錦襴の袈裟に手を置いた。
「この袈裟があなたのそばを離れることなく、あなたを天竺まで守り抜くように……」
錦襴の袈裟が一瞬金色に光ったのち、観音菩薩が触れたところには開花した蓮の花の刺繍が足されていた。
観音菩薩の気持ちを感じ取った玄奘は感極まり涙を流し合掌した。
その釈迦如来の意図を疑いもしない彼の姿に観音菩薩は胸がちくりと傷んだ。
玄奘の転生は釈迦如来の仕業である。
それはまだ玄奘が天竺に至らぬと判断したための、釈迦如来の独断で。
何度となくその生を中断させてきた。
観音菩薩は弟弟子の魂が死を迎える度に彼を不憫に思っていた。
だから今生こそは、釈迦如来の意に沿うような旅と成長を弟弟子に与えるため、観音菩薩は陰ながら彼を支えようと並々ならぬ決意を秘め見守ってきた。
(そう、今生こそは必ず……あなたにその生を全うさせてみせましょう……!)
そんな決意を観音菩薩がしていた時だった。
「ねーねー、ところでカンノンさん。あの黒熊のおジイちゃんはどうなったの?」
呑気な玉龍の問いに答えたのは観音菩薩ではなく。
「あいつなら恵岸のところに連れて行ったぜ。なんでも弟子にするんだと」
「悟空、戻りましたか」
觔斗雲から降りてきた孫悟空を見てパッと玄奘の顔が明るくなる。
「おかえりなさい!」
玉龍も一人で玄奘を守り続ける緊張から解放されホッとしたようだ。
(そう、金蟬子の今生は今までとは違う……そのために私は場を整えてきたのですから)
玄奘と悟空、玉龍の関係は良好なようだと感じ取った観音菩薩は微笑んだ。
「では私も戻りますね。悟空、玉龍。玄奘をしっかり守るのですよ」
「おう」
「はーい!」
観音菩薩の言葉に二人は胸をそらせ、ドンと叩いて自信たっぷりに返事をする。
「玄奘、また見えることもあるかと思います。あなたの危機のおりには必ず助けましょう。彼の地にて見守っていますからね」
「はい、ありがとうございます、観音菩薩様……!」
玄奘は合掌をして頭を下げ、弟子たちと共に感謝の気持ちを込めて観音菩薩を見送った。
必ず天竺へ辿り着いてみせるという、強い決意を胸に秘めながら。




