【八十四 玄奘、孫悟空にお説教され、観音菩薩は顔面蒼白で下界に降りる】
落ち葉が大地を染める、秋も深まった頃。
真っ青な空を眺めつつ、恵岸行者は静かな秋の景色に癒されながら庭園の木々の冬支度をしていた。
「恵岸!恵岸!!」
突然、静寂を観音菩薩の大声が破った。
呼ばれた恵岸行者はすぐに手を止め、観音菩薩の元へと急いだ。
「お師さま、そんなに慌てて一体どうしたんですか?」
聞きつつも、どうせまた玄奘に関する面倒ごとだろうなと、そんなことを考えながら恵岸行者は観音菩薩の居室に到着した。
扉を開くとそこには浄玻璃鏡の前で悲壮な顔をした観音菩薩がいた。
いつも穏やかな表情の観音菩薩の、みたこともないほど青ざめているその様子に、恵岸行者はただことでは無いことを察した。
「お……お師さま?」
恵岸行者の到着に気づいていないのか、呆然としたままの観音菩薩に恐る恐る声をかけた。
すると観音菩薩はゆっくりと顔を動かし、虚な目で恵岸行者をみると、唇をわななかせてか細い声をだした。
「とんでもないことが起きました……私は下界に降りるので、あなたはここで留守を守っていてください」
「えっ?あ?お師さま?」
顔を青ざめさせたままの観音菩薩はそう言うと、ふらつきながら雲に乗って下界へと降りていってしまった。
「なんなんだ、一体……」
残された恵岸行者は詳細を知らされぬまま、浄玻璃鏡を眺めるしかなかった。
浄玻璃鏡に映し出されていたのは、とある山中だった。
そこには紅葉も終わりに近づき、葉を落とした木々が目立ち始めている木立がちらほら。
そしてその背後には荒れ寺が見える。
荒れ寺の前には仁王立ちした孫悟空と、その前で項垂れながら正座をする玄奘と玉龍の姿があった。
それをみて恵岸行者は違和感を覚えた。
「孫悟空が弟弟子君にお説教……?」
普段なら逆だろうに、一体どうしたことだろう。
「だから!お師匠様は何でもかんでも施しをしちゃいけないって何度言えばわかるんですか!この前は旅の食糧を配っちゃうし、その前は汲んだだばかりの水!!」
「で、でもおじいさん、寒そうで……」
「そうだよ!あのおジイちゃんがトウシしちゃったら可哀想だって、おシショーサマはそう思ったんだもん仕方ないじゃん!」
二人の言い訳に孫悟空が額に手を当てて大きなため息をついた。
いったいなにがあったかというと、それは今から数時間ほど前のことだった。
玉龍を仲間にした玄奘一行は五行山を出て、一路天竺を目指して歩いていた。
日もかげりはじめたころ、一軒の荒れ寺が一行の目に入ってきた。
「ボロボロだねえ……大丈夫かなあ」
屋根は傾き、床には穴があいているその寺を玉龍が伺う。
本堂に続く、木で作られた階段はかろうじて形を保っているが、腐りかけていて踏み抜きそうなくらいのオンボロ具合だ。
恐る恐る階段を登ってみた玉龍は、1段目から階段を踏み抜いてしまった。
「無理だよ!人型のボクの体重でこんなになるなんて、本堂の床はもっと酷いよ絶対!」
「こういうのは雨風が凌げたら何でもいいんだって。それにもう寒いから野宿は危険だ。お師匠様、俺は食い物探してくるんで、玉龍と火の支度をお願いします」
「わかりました」
「むー、仕方ないけどさ……これなら洞窟のほうがまだマシ……」
「あ?」
ぶつぶつとごねる玉龍は孫悟空の低い声にビクリと体を震わせた。
「いってら〜!おいしいモノ、見つけてきてね!」
玉龍は慌てて笑顔を作り、孫悟空を見送ったのだった。




