【八十 青鸞童子の進む先】
河伯は玉皇大帝の護衛時に数回しか見たことはないが、迦楼羅王は托塔李天王の同僚で、主に邪龍討伐にあたっている。
そして彼は笛の名手とも言われ、沈着冷静な勇将である。
「托塔李天王様からの紹介で、師事していただけることになって」
「なるほど」
「同じ鳥族として戦い方など学べることが沢山あると思ったのです。僕はもっと強くなって、義父上のような将になりたいのです!」
その言葉に河伯は胸がいっぱいになり、青鸞童子を抱きしめた。
「こんなに立派になって……!そのように考えてくれたこと、義父は誇りに思う!」
「義父上……」
河伯の腕の中で青鸞童子は少し照れくさそうに笑う。
「だが良いのか?お前は戦いが好きでは無いだろう」
河伯は青鸞童子の肩に手を置き、目線を合わせて訊ねた。
護身のためにと青鸞童子に一通りの武芸は仕込んだが、河伯が捲簾大将だった時に彼を実戦には出したことはない。
それに小さく弱々しかった彼を天将、ましてや自分と同じ玉皇大帝の近衛にしようなどと考えたこともなかった。
自分を見つめる心配そうな視線とその言葉に、青鸞童子は河伯を見上げて笑った。
義子の笑顔にはあどけなさの中に凛々しさが垣間見え、彼の成長を感じることができた河伯は驚きに息を呑んだ。
「好きでは無いからこそです。無用な争いを避けるため、僕自身も力をつけなければと考えました」
「……そうか」
感慨深い気持ちになって河伯は青鸞童子の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「迦楼羅王によろしくお伝えしてくれ。なに、怖い方では無いから大丈夫だよ」
迦楼羅王の人柄は、その真紅の羽毛の如く明朗快活だと聞いているし、彼のまわりでも悪い話は聞いたことがない。
河伯は迦楼羅王と直接の関わりを持ったことがないが、迦楼羅王になら青鸞童子を任せられると河伯は直感で感じ取り、安堵した。
「青鸞の様子は俺も時々見に行きますから、ご安心ください」
哪吒太子が青鸞童子の傍にやってきて、河伯を安心させるように言う。
「ありがとうございます、哪吒太子。本当に何から何まで……!」
河伯が深く頭を下げると哪吒太子は慌てて顔を上げるようにいう。
「それでは義父上、僕はもう行きます。次はいつお目にかかれるかわかりませんが……」
手だけを翼に変化させ羽ばたく青鸞童子が言う。
河伯は笑って首を振った。
「気にするな。俺も役目を果たす時は間も無くだと観音菩薩様から先程聞いたのだ。お互い忙しくなるだろう。くれぐれも体を大切にするのだぞ」
「はい!」
青鸞童子の力強い返事に河伯は満足そうに頷いて手を振り、大きな声で言う。
「親は子が元気でいてくれたらもう、それ以上は望まないものだ。怪我なく無事で過ごしてくれよ、青鸞」
「……はい!義父上もどうかお元気で!」
河伯は哪吒太子と連れ立って崑崙へ帰る青鸞童子を見送ると、少しの寂しさを振り払うように顔を上げた。
「さて、俺も帰るとするか!」
そうして河伯もまた、自分の住処へと歩きはじめたのだった。
来るべき時のために決意を胸に秘めながら。




