【七十三 玉龍、自分の過ちに気づく】
観音菩薩は不思議な生き物を庇うように手で覆い残念そうな表情で玉龍に言った。
「この子はお腹が空いていたんですよ。如意宝珠はもう食べてしまったので返せません」
「ダメだよ、返してよ!!」
「そうは言っても……美味しそうな宝珠が目の前にあったんですから食べちゃいますよ」
ね?と不思議な生き物と顔を見合わせ悪気なく笑う観音菩薩に玉龍は顔を青くした。
「違うでしょ!そう言う時はごめんなさいって言うんだよ!!カンノンさんならわかるでしょ?!」
「──あなたもこの子と同じことをしたの、忘れましたか?」
玉龍の言葉に観音菩薩はそれまで穏やかだった表情を冴え冴えとさせ言い放った。
「……っ!」
「食べ物が目の前にあったら食べていいんですよね?それが誰かの大切なものだとしても」
「そ、それは……」
「自分の思う通りにならないと暴れ、それがどのように影響を与えるかも考えずに振る舞い多くの人間たちにも迷惑をかけましたね」
「……」
玉龍は浄玻璃鏡を見て罪悪感を持ったものの、当の被害を受けた人たちの気持ちまで想像することはできていなかった。
「誰かの大切な人を、お腹が空いたからと言って食らおうとも……」
「そ、それは……」
「あなたが暴れた結果、川縁の村人たちは家屋を失い、畑を失い、これからどう生きていけばいいのでしょうね?」
だが命と同じくらい大切な如意宝珠を奪われた今、ようやくそれを理解することができた。
「……ボク、は……」
浄玻璃鏡はさらに場面を変え、龍宮で悲しむ敖閏龍王と富嘉夫人の姿を映し出す。
「父上……母上……」
両親だけではない。
海馬や龍宮の懐かしい人たちの姿に玉龍は目を潤ませた。
自分の行いのせいで二度と戻れない故郷だ。
「う、うう……」
観音菩薩は表情を和らげ嗚咽を漏らす玉龍を見つめた。
「玉龍」
その瞳がもう冷たくなく優しくなっていたので玉龍は安堵した。
「カンノンさん、ボク……」
「今まではそれで良かったかもしれません。ですがもう、あなたは千歳を超えた立派な龍神族の一員なのですよ。今こそ、その自覚を持たねばなりません」
観音菩薩の言葉に玉龍は項垂れ涙を流す。
「ごめんなさい……ごめんなさい、ボクが間違っていました!ボクは……ボクは……!」
玉龍の様子に観音菩薩は頷きその額に触れた。
「謝る相手は私ではありませんよ、玉龍。さあ行きましょう。私も共に行きますから」
そう言って観音菩薩は不思議な生き物を玉龍に差し出した。
蛇のような姿をしたその不思議な生き物は、観音菩薩の手のひらの上でクルクルと回転すると如意宝珠へと変化した。
「ボクの如意宝珠……!」
龍のもつ如意宝珠はそれぞれの個体によって色が違う。
白い艶やかな玉に虹色の光を宿すそれは紛れもない、先ほど失ったはずの玉龍の如意宝珠だ。
「ごめんなさい、あなたが本当に反省したか確かめるために少し術をかけさせてもらいました」
謝罪する観音菩薩に玉龍は首を振った。
「ここまでしなければボクは理解できませんでした。あのオボウさんの気持ちも、村の人たちの気持ちもあの猛禽の子の気持ちも……だからありがとうございます」
まるで憑き物が落ちたように言う玉龍に、観音菩薩は頷いた。
「さあ行きましょうか」
観音菩薩が手を差し伸べたものの、玉龍はその手を取るのを躊躇った。
「玉龍?」
「……ボク、少し怖いです」
孫悟空や村人たちに許してもらえるかわからない。またたくさん怒られるかもしれない。
このまま知らないふりをして川底にいた方が楽なのでは、と怖気付いた玉龍は水面に浮上するのを躊躇っているのだ。
「それでも、あなたは謝り償っていくしかないのですよ。あなたは気づいたのですから、このままではいられない、ということはわかるでしょう?」
さあと再び差し出された観音菩薩の手を見て、決意を新たにした玉龍は頷いてその手をとって頷いた。
「玉龍、行きましょう」
「はい……!」
目指す水面にはキラキラと太陽の光が煌めいている。
まるで玉龍の背を後押しするように。
まだざわめく気持ちを落ち着かせながら、玉龍は観音菩薩と共に水面へと浮上していったのだった。




