【六十四 青鸞の不安】
河伯と青鸞童子、托塔李天王が話しているところへ、哪吒太子と孫悟空がやってきた。
共に戦場にいたが、哪吒太子の隣にいる妖怪とは互いに名乗ってはいなかったのを河伯は思い出した。
「なあなあ親父さん、その赤髪の綺麗な兄ちゃん、俺にも紹介してくれよ」
孫悟空は目を輝かせながら興味津々に言う。
「相変わらず口の利き方を知らん猿だな……まあ良い。こちらは捲簾大将……」
托塔李天王は眉間にシワを寄せながらも孫悟空に河伯を紹介した。
「あ、托塔李天王、実は今は某、河伯と名乗っておりまして……」
話の途中で河伯が事情を話すと、托塔李天王は「えっそうなの?」と小さい声で聞き返してから咳払いを一つした。
「……改め、河伯殿だ。天界では近衛をしていた方だ」
「へえ、カハク、カハク……河伯さんていうのか。俺様は孫悟空。今は人間のお師匠さまと旅をしてるんだ。よろしくな」
「河伯でいい。もう俺は近衛ではないのだからな」
「そっか」
二人は笑って握手をした。
「なになにー?君たち仲良くなった感じ?」
「二哥!」
そこへどこからやってきたのか、恵岸行者が雲から降りてきた。
哪吒太子は嬉しそうに駆け寄っていく。
「哪吒、久しぶりだねえ!父上とは仲良くしてるかい?」
「うげ、最初に聞くのがその質問?」
「あまり母上と貞永に心配かけるんじゃないぞ!」
恵岸行者は哪吒太子の頭を少し乱暴に撫でて言う。
髪をボサボサにされながらも、どこか哪吒太子は嬉しそうに見える。
「木吒、報告を」
托塔李天王に呼ばれ、恵岸行者は懐から巻物を取り出した。
「はい、父上。玉龍についてですが、敖閏龍王は“千歳になってもご迷惑をおかけするとはお恥ずかしい限り。すでに親子の縁は切った後の事。煮るなり焼くなり好きにしてくだされ”とのことで、ここに一筆書いてくださいました」
恵岸行者が差し出した巻物には敖閏龍王とその夫人の名前と印章が押されていた。
「本当の父上と母上なのに……助けてもらえないなんて、あの玉龍もなんかかわいそうですね」
実の親から匙を投げられたと感じたのか、青鸞童子がつぶやく。
「仕方ないだろ。やってることがやってる事だしな」
哪吒太子は青鸞童子の肩に手を置いて慰める。
「義父上、義父上は僕が何か間違ったことをしたら、見捨てないで止めてくださいますか?」
「お前に限ってはそんな事ないとは思うが……」
「でも僕は猛禽の子なんでしょう?玉龍と戦っている時何故かとても気分が昂揚して、玉龍をどうにかして打ち負かしたい、鱗を全て削り取りたい、とそんな気持ちでいっぱいになったのです」
そんな残酷な事をまさか自分が考えるなんて、と玉龍が逃げた今になって青鸞童子は恐ろしくなったようだ。
天敵の龍を屠ろうとするのは霊鳥である青鸞としての本能のようなもので、沸き起こっても不思議ではない感情なのだ。
だがその本能にしたがった結果、玉龍のように青鸞童子も見捨てられてしまうことを恐れたらしい。
実子の玉龍が縁を切られ見捨てられてたのだ。
河伯の養子である自分などすぐに切られてしまうかもしれない、と。




