【二百十三 須菩提印の時空甘露水生成】
孫悟空は入室の許可も聞かないまま、ずかずかと観音菩薩のところまでやってきた。
「悟空、あなたどう言うことですか!鎮元大仙の人参果を切り落としたと言うのは本当なのですか?!」
観音菩薩が孫悟空に詰め寄る。
「な、なんだ話が早いな。そうなんだよ。実はさ……」
孫悟空は観音菩薩に事情を話した。
「なに、玉果と言うことで玄奘が鎮元大仙に食われるかもしれない?!」
観音菩薩は白目を剥いて倒れそうになった。
「そうなんだよ!それで、俺様は三日以内に人参果を元に戻さなくちゃいけなくてさ、なんか復活に使えるものないか?!」
「そんな、私を便利な道具みたいに扱われても困る……姉上、何か知りませんか?」
観音菩薩は困惑して浄玻璃の鏡を振り返った。
鏡の向こうの准胝観音は何か考え込んでいる。
「全く、貴様らやってくれたな……しかし木を復活させる、か。福禄寿三仙なら或いは……」
「それが、蓬莱山に行って尋ねてみたんだけど、福禄寿三仙は崑崙仙人会の慰安旅行で留守だったんだよ!」
「うーむ……還魂丹は木には飲ませられぬしな……」
「還魂丹を水に溶かしてかけてみるとか、どうでしょう姉上、」
「ふむ、やってみる価値はあるだろうが、三日では無理だろうな」
准胝観音と観音菩薩は鏡を挟んで額を突き合わせて俯き唸っている。
二人にとっても孫悟空たちがやらかしたことは頭を抱えるような事なのだ。
ましてや玄奘の命がかかっている。
「甘露水なら、あるいはワンチャンあるかもよ?」
「わ、わんちゃんって、え、じいちゃん??なんでここに?」
驚く孫悟空に、須菩提祖師は「やっほ」と片手をあげた。
目当ての人物の片方に会えたことで孫悟空はひどく安心した。
「ウチが甘露水にちょちょっと時空術をかけて、それを人参果の切り株にかけたら一気に時が加速して元に戻るかも?」
なーんてね、と軽い調子で須菩提祖師が言う。
「そっか、じいちゃんの術ならあっという間だよな!」
彼はその術を使ってはるか未来まで飛ぶことができる。
その術の効果を甘露水に付与すれば、人参果が実る一万年はあっという間だろう。
「それなら人参果を戻してお師匠様を救える!!」
孫悟空が涙目になって鏡に齧り付いて言う。
「どれ、試してみようか。准胝、アンタのとこで樹齢長めの木ってどれ?」
「確か仙桃の木が八千年近く経っていたはずだ」
「じゃあ悪いんだけど、その木で試させてもらえる?」
「構わん」
「アリガト。じゃ移動しよう。時間もないし、ちゃっちゃとやっちゃお」
そう言って准胝観音と須菩提祖師は庭にある仙桃の木まで移動した。
樹齢八千近くと言われている見事な仙桃の木は、幹が太く葉を茂らせている。
「姉上……」
不安そうに呟く観音菩薩に、准胝観音は微笑んだ。
「このまえ収穫したばかりなんだ。今なら伐っても問題ないよ」
准胝観音の手には斧があり、彼女は躊躇うことなくそれを振るった。
重たい音を立て、仙桃の木は倒れ切り株を残して消えた。
「では甘露水を」
須菩提祖師は准胝観音から甘露水の入った水差しを受け取り、時空術を施した。
「須菩提印の時空甘露水完成!さて、どうなるかな……?」
仙桃の切り株に術を施した甘露水をかけると、驚くほど早く新芽が出て、瞬く間に元の樹齢八千年の仙桃が蘇った。
青々とした葉の陰には、仙桃がたわわに実っている。
「実験成功!やったね、ブイ!」
指を二本立てて不思議な姿勢をとった須菩提祖師がドヤ顔でそっくり返った。
「すごい……!」
「すげーや!じいちゃん!!」
観音菩薩と孫悟空は手を取り合って鏡の向こうを興奮気味に眺めた。
「人参果もこのじいちゃんにまっかせなさーい!」
「ありがとう、じいちゃん!」
人参果復活の目処が立ち、孫悟空と観音菩薩はほっと胸を撫で下ろしたのだった。




