【百九十六 崑崙三大仙人の会合】
玄奘が五荘観で過ごしている頃、鎮元大仙は崑崙山に到着していた。
その崑崙山の中でも最も高いところにあり,最も清浄な場所に元始天尊の住まいがある。
その元始天尊の住まいがいつもの三大仙人の会合場所だ。
鎮元大仙が着く頃にはすでに太上老君が到着していて、元始天尊と何やら話をしている。
「おお、鎮元。待っていたぞ」
元始天尊が鎮元大仙に気づいて声をかけた。
艶やかな長い黒髪を頭頂に縛り上げ、金縁の黒い袍衣をきて金に近い黄色の長衣を纏っているのが元始天尊だ。
「太上老君は今日は幼子の姿ではないのだな」
元始天尊と会話していた太上老君は、鎮元大仙の言葉につまらなさそうな顔をして鼻を鳴らした。
いつもは三歳くらいの幼児の姿をして人間界に降りて人間たちを冷やかしながら宝貝の素材を集める悪趣味なことをしているが、今日はスラリとした背の高い美丈夫の姿をしている。
「わしの正体を知っているお前たちの前で媚びても何にもならんだろう。それとも、ジィジたちは幼子のわしになにかしてくれるのか?」
話の途中で幼子の姿に変化して、太上老君が上目遣いで二人に尋ねる。
自分の可愛らしさと、それが最も効果を発揮する角度を計算した上の最強の仕草だ。
元始天尊は椅子から降りて身をかがめ、太上老君に向けて両手を広げた。
「ははは、どれ、吾が抱っこしてやろうか。こちらへおいで」
「結構だ」
元始天尊の言葉に太上老君はしかめっつらになって元の青年の姿に戻った。
そして懐から巾着を出し、机上に中身を広げた。
巾着に入っていたのは金色の丸薬だった。
「それよりもこの改良した金丹を見てくれ。なんと……甘いんだ」
「ほう?甘い?どう言うことだ」
元始天尊が興味深げに身を乗り出す。
金丹とは不老不死の妙薬で、錆びない不滅の金属である金を砕いて練ったものだと言われている。
当然金属なので甘くもないしうまくもない。
「瑤姫と下界に降りた時、飴屋の親父からもらった飴玉を参考に作ったのだ。金丹は長生きできる妙薬だが不味いのが致命的だったからな。まあ味音痴の猿はそんなこと気にせずバカみたいに喰ろうていたがな」
太上老君はその昔、兜率天に置いておいた金丹を孫悟空に食い散らかされたことを思い出して
苦い顔をした。
「おお、その味音痴だが、いま吾輩の五荘観におるぞ。人間の僧に弟子入りしたらしい」
「二郎真君からきいておる。だがいつまで持つかのう。あの乱暴者を御せる人間がいるものか」
「太上老君はアレに散々やられたものなぁ」
不機嫌にいう太上老君をかわいそうに、と元始天尊が頭を撫でてやろうとして、「子供扱いするな」と、手の甲をピシャリと叩かれる。
「八卦陣も改良したんだ。次は破られぬぞ」
太上老君は息巻いて言う。
「ははは!使う機会が無ければ良いがなあ。うむ、確かに甘くて以前のものよりも食べやすいな」
元始天尊が笑ってそう言いながら、改良版金丹を食べて感心したように言う。
「使う機会など二度とあってはならんだろう」
鎮元大仙も一粒食べてみると、桃味の飴で包まれた金丹はとても食べやすかった。
「さすがは太上老君だな」
二人から褒められ、太上老君は得意げな顔をした。
「味は蟠桃味にしてみたぞ。まあ、いつもの金丹のほうを好む物好きもいるかもしれんから、差別化をしてこちらは“金丹飴”と名づけることにした。味も他の味を増やしていきたいのう。林檎とか、蜜柑とか」
「吾は葡萄も良いと思うぞ」
「吾輩はスッキリした薄荷がよいな」
「ふむふむ、葡萄に薄荷か。覚えておこう」
太上老君は巻物を出してメモをしていく。
「ところで、鎮元、その包みはなんだ?」
元始天尊に声をかけられ、鎮元大仙は自分の持ってきたもののことを思い出した。
「そうだった、二人とも見てくれ!ついに吾輩はやり遂げたぞ!下界でも人参果が成ったのだ!」
そう言って鎮元大仙は人参果を机の上に出した。




