【百八十七 准胝観音の独占欲】
酒にうなされている猪八戒を、准貞観から元の姿に戻った准胝観音は顰めっ面で見つめていた。
「なーにが“甜点でもお作りしましょうか”だ。デレデレしおって」
「あいたっ!ううーん……」
パシッとデコピンをすると猪八戒が額を抑えてうめいた。
酒気のせいか、猪八戒は目を覚さない。
「まったく……世話の焼ける」
准胝観音はそのまま額に円を描き、猪八戒にいつもの酔い覚ましの法をかけてやる。
すると、ようやく酒気が抜けたのか、猪八戒の顔色が戻った。
「あらヤキモチ?准胝ちゃんにも可愛いところあるのね」
瑤姫が言うと、准胝観音はため息をついた。
「茶化すな。そもそもこれは妾の夫だぞ。夫が他の女に鼻の下を伸ばしてキメ顔で話していたら嫌だろう?瑤姫だって、楊氏がそんなことをしていたらどうする?」
准胝観音の問いに瑤姫は少し考えてからすぐに表情を曇らせた。
「そんなの嫌だわ!あの人がもしそんなことしていたら、私……その目をくり抜いて何も見えなくしてしまうかもしれないわ。……もうこの世にいないからそんな心配はいらないけど」
「……物騒な……」
二人でそんな会話をしていると、目を覚ました猪八戒がむくりと起き上がった。
「あれ?准胝ちゃん……?なんでここに?夢?夢でもいいや。えへへ、准胝ちゃんに会えて嬉しい」
准胝観音を見た途端、泣きそうに、でも嬉しそうに表情を輝かせる猪八戒の鼻を、しかめっつらのままで准胝観音は摘んだ。
「おい仔豚、女性に優しくするのは結構だが、な。限度というものを知れ。な?」
「痛っ!どういうこと?いきなり何?!」
「女たちに甜点でも作りますよ〜とか何とか言っていたな?」
猪八戒の質問には答えず、准胝観音はにっこり微笑んで言う。
「そ、それは宿泊のお礼にって意味で……深い意味はないよ!」
しどろもどろに言い訳をする猪八戒に、准胝観音は大袈裟にため息をついてみせた。
「今回は玄奘の試練だったのだがお前のおかげで中止になってしまったよ」
「え?なんのこと?全くわからない……」
困惑する猪八戒に、准胝観音は満面の笑みを向けた。
「やだ、卯ニ姐のとき、その顔した時にろくなことなかった……っ!」
危機を察知した猪八戒が逃げようとしたので、准胝観音は四本の腕でしっかりと猪八戒を固定した。
「悪い子にはお仕置きをするってことだ!」
「や、やめ……その指何?!」
そう言って、准胝観音は2本の指で猪八戒の腰のあたりを突いた。
ズボリと指が猪八戒の腰に埋まる。
「ピギャアアアアア!!」
猪八戒は大声を出して悲鳴をあげ、再び気絶してしまった。
「まったく、大袈裟な……」
「准胝ちゃん、何を打ったの?」
「うん?こいつに酒気避けの結界をつけただけだよ。全く、こう何度も倒れられるたびに妾が降りなければならなくなるのも大変だからな」
「あら……」
酒気抜きは玄奘の弟子ができるのでは、と瑤姫は思ったのだが、何も言わずに笑顔で口を閉じた。
そして准胝観音は耳飾りを一つはずして手のひらに包んで、首飾りに変化させた。
「覚えておけよ。お前が甜点を作っていい女性は妾だけだ。良いな」
気絶している猪八戒に首飾りをかけ、その耳元で囁いてから准胝観音は立ち上がった。
「それなあに?」
「……首輪みたいなものだよ」
何となく恥ずかしくて、准胝観音はそっけなく瑤姫に答えた。




