【百八十二 玄奘、般若湯を勧められる】
「お師匠様、この桃うめぇぜ!甘くてとろとろで最高!あとこっちの胡桃の饅頭も!」
「こら悟空、お前が持ってくるのは果物ばかりじゃないか。お師匠さま、こちらの蒸し物も美味しいですよ。ほらお野菜たくさんですよ」
「おシショー様おシショー様、このお団子の入った生姜のスープもすっごく美味しいし体もあったまるよー!」
孫悟空、沙悟浄、玉龍は競い合うように玄奘の前におすすめの料理を置いて行く。
「ありがとうございます。あなたたちも座って、たくさんいただいてくださいね」
目の前に食べられないくらいの量を弟子たちに並べられ、玄奘は食べ切れるか不安になりながらもその優しさを嬉しく思った。
「いやー、やっぱり人の作った料理って美味しいね!いつも自分の料理ばかりだからさ」
玄奘の隣に座る猪八戒が感極まって言うと、廉碧玉が目を丸くして驚いた。
「まあ、八戒様はお料理されるんですか?」
「あのね、オジさんのご飯はめっちゃ美味しいんだよ〜!」
「へへ、よせやい」
玉龍が言うと、猪八戒はと照れ隠しに鼻の下をこすった。
「悟浄様はお好きな食べ物とか苦手な食べ物あるんですか?」
廉藍玉が尋ねると、沙悟浄は首を傾げた。
「……そうだな、俺に苦手なものはないが……今は好きな食べ物も特にないな。だが……」
本当は魚が好きだが、玄奘の弟子となった今では生臭ものは食べられない。
「玉龍のいうとおり、やはり八戒が作った料理はうまいから、八戒の料理ならなんでも好きだ」
「悟浄ちゃん……!」
猪八戒は沙悟浄の言葉に目を潤ませてオイオイ泣く仕草をした。
「えっと……その、悟空様は?」
廉紅玉がおずおずと訊ねると、孫悟空は桃の形をした饅頭を一口頬張ってから少し考え込むような仕草をした。
「俺様はやっぱり果物が一番だな」
「そこは悟空ちゃんも“八戒の料理が最高だぜ”とかなんとか言うところでしょー?!」
「呆れた、自分で言ってんじゃねえよ、オッサン」
孫悟空の答えに猪八戒がモノマネをしながら言うと、孫悟空が呆れたように返した。
「あらあら、まあまあ」
「ふふ……面白い方たちですね」
「ええ、本当に……」
三姉妹は顔を見合わせクスクスと笑った。
玄奘はその様子に目を細めていた。
(私も四人の弟子持ちですか……なんだか不思議な気持ちです)
弟子同士の仲も良好だし、この先も上手くやっていけるような、そんな気持ちになっていた。
そこへ、廉黒曜が朱色の瓶子をもって玄奘の席にやってきた。
「さあ玄奘様、体の中からも温まってはいかがですか?」
差し出された注ぎ口からはお酒の匂いがする。
「いえ、私は御仏に使える身。お酒は……」
玄奘がやんわりと断ると、廉黒曜はカラカラと笑った。
「あら、お坊様、こちらはお酒ではありませんわ。“般若湯です。ご安心ください」
「般若湯ですか……」
玄奘はその昔、小坊主をしていた時に、先輩僧侶がお酒をそう呼んで飲んでいたのを思い出した。
仏教では「不飲酒」という戒律により酒を飲むことを禁じているが、抜け道としてそのように名を変え楽しんでいる僧侶もいるのだ。
「いえ、今はこの素晴らしいお料理を楽しみたいので、本当に……」
真面目な玄奘は、そこまでしてお酒を飲む気には元々ならなかった。
だが廉黒曜は玄奘の前に盃を置いて“般若湯”を注いだ。
 




