【百七十八 大きなブナの木の下で】
孫悟空が見つけたのは大きなブナの木だった。
樹齢何千年かと思われるほどの立派な木で、一行はその木陰で空を見上げて途方に暮れていた。
「ひええ、服も靴もびしょびしょだよぉ〜もーボク、龍に戻ろうかなあ」
玉龍は服の裾を絞りながら言う。
「長旅の汚れを落とせた、と思えば幸運か?なんてな」
「っくしゅ!」
猪八戒が冗談めかして言った途端、玄奘がくしゃみをしたので、弟子たちは慌てた。
「お師匠様、大丈夫ですか?」
「悟空、ご心配ありがとうございます。大丈夫ですよ」
「おシショー様、如意宝珠で服を乾かして暖かくしてあげるね」
玉龍が如意宝珠を掲げて言った。
如意宝珠は輝きだし、その光はまるで小さな太陽のようだ。
それと同時に春風のような暖かい風も吹き、あっという間に一行の服は乾いたが、木の間から滴り落ちてくるる雨粒ですぐに濡れてしまう。
「ああ、暖かいです。ありがとう玉龍」
それでも如意宝珠はじんわりと周囲を暖めてくれるが、濡れた体はそう簡単には温まらない。
妖怪の孫悟空たちとは違い、玄奘は人間で弱い。
平気そうに見えるが体は小刻みに震え、顔色も青白い。
「お師匠さんに温かい飲み物を入れて差し上げたいが、この雨ではなぁ……」
猪八戒が悔しそうに言う。
火を起こすための薪も火種も湿気ってしまっているし、地面も雨が跳ねて水たまりだらけ。
使い物にならない。
「しかし、このままではお師匠さまが風邪をひいてしまうな……どこかに休めるような建物があれば良いのだが。洞窟でもいい、火を起こせる場所はないだろうか」
沙悟浄は乾いた自らの外套をさりげなく玄奘の肩にかけながら言った。
「そうだよな……んん〜?なあ、おいあれ、なんだ?」
辺りを見回していた孫悟空がなにかをみつけたらしい。
孫悟空が示した先を一行が見ると、立派な館があった。
「あんな建物、さっきまであったっけ?」
胡散臭そうに玉龍が首を傾げて言う。
「あんなに大きな建物なら、このブナの木よりも先に見つかるはずだけど」
「確かに珍しく鋭い玉龍ちゃんの言うとおり怪しいが、この雨ではそうも言ってられんだろう。あの館に行ってみようぜ」
猪八戒が降ろしていた荷物を担いで言った。
玉龍はムッとして猪八戒の足を踏んづけるが、猪八戒には効果なしだ。
「まあ妖怪の罠だとしても俺たちがブッ飛ばせば良いもんな」
「悟空、乱暴をしてはいけませんよ……」
物騒なことを言う孫悟空を、玄奘は寒さで震える声でいさめる。
「オシショー様、歩けそ?大丈夫?ボクに乗って?」
玉龍が玄奘を心配して馬の姿に変化して言う。
「だ、大丈夫……です。歩けます」
「お師匠さま、失礼します」
震える声で強がる玄奘を、沙悟浄が玉龍の背にひょいと乗せた。
そして沙悟浄自身も玉龍の背負う鞍に乗ると、玄奘を背後から抱き抱えるようにして手綱を握った。
「これを持っていてください」
玉龍の如意宝珠を玄奘に持たせ、猪八戒から荷物の中でも比較的乾いている布を受け取るとさらに玄奘の上に被せた。
「さ、沙和尚、私は歩けますって……」
「こんなに震えているのに、無理なさらないでください。玉龍、俺が乗った分重いだろうがよろしく頼む」
「ヘイキだよ!まかせて!」
首を撫でて沙悟浄が言うと玉龍が鼻息荒く返事をした。
「さすが元近衛、絵になるね。前に乗ってるお師匠さんが芋虫みたいにぐるぐる巻きでなければ……」
馬上の沙悟浄をみて感心したように猪八戒が言う。
「茶化してる場合か。お師匠さまはあまり長く持たないだろう。悟空、先導を頼む」
「わかった。おっさんは俺様の雲に乗りな。よし行くぞ、みんな!」
雨足の未だ衰えない中、一行は館を目指して再び雨の中に飛び出して行った。




