【百七十六 黄風大王と虎先鋒の処遇】
そこへ孫悟空がドカドカとやってきて、玄奘と沙悟浄の間に割って入った。
そして河伯の肩に腕を回して言う。
「言っとくけど、一番弟子は俺様だからな」
「二番目はボクだよ!」
「三番目はこのオレ」
親指で自身を指して言う孫悟空に続いて玉龍と猪八戒も言う。
「承知した。兄弟子の皆さま、どうぞよろしくお願いします」
沙悟浄は大真面目な顔をして三人に頭を下げた。
「お、お、おお……」
孫悟空はそんなに真面目に受け止められると思っていなかったので戸惑い頬をかいた。
「噂に違わず真面目な御仁だな」
猪八戒も苦笑して沙悟浄の背を叩いた。
そんな二人に沙悟浄はキョトンとして首を傾げている。
「オジさんさ、兄弟子のこのボクがちょっと綺麗にしてあげるね」
玉龍は得意げに言うと、沙悟浄に向けて如意宝珠を掲げた。
如意宝珠の光が沙悟浄のザンバラの髪をととのえ、ボロボロの服を新品のように変える。
一瞬で沙悟浄は見違えた様相になった。
「かたじけない。感謝する」
「エヘヘ、兄弟子ですから!」
そこへ霊吉菩薩たちがやってきた。
にこやかな表情だった霊吉菩薩は途端に真剣な顔をして玄奘たちを見回した。
「みな、玄奘をよく守ってくれた。そのことを加味して黄貂、虎先鋒両名は盗みはしたものの地獄へは送らないことにする。しかし、再修行を命じる!」
「ふぁああ……ッチ……」
黄風大王と虎先鋒ははガックリと項垂れたが、次に顔を上げた時の二人のその表情は晴れやかなものだった。
「仕方ないッチ。アチシらは修行のし直しだッチね!」
「ウス……!」
「そしてお前たちの修行をつけるのは金剛力士たちだ!」
「?!?!?」
苦手な金剛力士の名を聞いた途端に、黄風大王は硬直し虎先鋒は表情を曇らせた。
そこへ話に出た金剛力士の阿形と吽形、それから太白金星が現れた。
「黄貂ちゃん、お坊様をお守りして偉かったわね」
「チ、チチ……」
微笑みを浮かべる彼女に対して黄風大王は項垂れ消え入りそうな声で答えた。
太白金星の隣に立つ金剛力士たちは筋肉を強調するような仕草をしながら白い歯を見せた。
「霊吉菩薩様がキミのためだというから……おいどんたちと一緒にがんばるでごわすよ」
「ごわす!」
阿形と吽形にたまらず黄風大王は霊吉菩薩の前に跪いた。
「し、師父の交代を望むッチ!アチシは太白殿がいいッチ!」
太白金星も金剛力士と同じくらい苦手だが、どちらがマシかといわれたら太白金星だと黄風大王はなりふり構わず必死に霊吉菩薩に縋り付く。
「あらあら、ご指名は嬉しいけれどダメよ、黄貂ちゃん。わたくしは金剛ちゃんたちみたいに二人もいないもの。それに、もう決まったことですもの」
太白金星は肩をすくめ、残念そうに言った。
「さ、修行を始めるでごわすよ!」
「イ、イヤ、イヤァアアアア!!!」
「瑠璃の皿の分だけ励めよ?黄貂、虎先鋒」
「頑張ってくださいね、黄風大王さん」
玄奘に声をかけられ、金剛力士たちに抱き上げられた黄風大王は観念したように表情を引き締め、顔を上げた。
「玄奘ッチ……力士たちは怖いけど、アチシも黒風ッチみたいになれるよう頑張るッチ!玄奘ッチも天竺まで気をつけていくッチよ」
グッと拳を握って言う黄風大王に玄奘は頷いた。
「さあわたくしが流沙河にあなた方を送りましょうね」
太白金星が進み出て言う。
「玉龍よ。立派な龍になるのだぞ。じじはいつまでもお前を見守っているからな」
「うん!」
元気に返事を返す玉龍に微笑み、八爪金龍は霊吉菩薩の杖に戻った。
「沙悟浄殿、刀剣罰はもう無しとするよ。以後は玄奘君の護衛に尽力して欲しいからね」
「はい。身命を賭して我が師をお守りいたします」
沙悟浄の言葉に恵岸行者は優しく微笑み頷いた。
「それじゃあ、自分は観音菩薩様の元へ帰るので。玄奘君、くれぐれも無茶はしないようにね」
苦言を残して去っていく恵岸行者を見送った玄奘は、天竺に近い空を見上げた。
「今度は自分の足で、きっと辿り着いてみせます」
そう呟いて、玄奘も仲間たちが待つ太白金星の用意した雲に乗り込んだのだった。
「ね、大丈夫だったでしょう?」
大雷音寺で共に顛末を見守っていた釈迦如来が観音菩薩に言った。
観音菩薩はホッとして力が抜けたようで、無言で、けれども涙目でこくこくと頷くばかりだ。
「玄奘にはここに来るまで八十一の難を超えてもらわねばなりません。そして、今の彼にはその力が備わっていると私は信じています」
釈迦如来の自信たっぷりな言葉に涙が引っ込んだ観音菩薩は姿勢を正した。
「八十一難……」
難しそうな顔をする観音菩薩に、釈迦如来は微笑む。
「あといくつになるでしょうか。ここに至るまで、先はきっと長いことでしょう。でもどうしても大変な時は我々も力を貸しましょう。だから大丈夫ですよ」
「そう……ですね。そうですよね」
観音菩薩は自分に言い聞かせるように呟き、頷いた。
「さあ、心を落ち着けるために共に瞑想をしましょう。力を抜いて、目を閉じて……」
そんな観音菩薩に釈迦如来は優しく言うのだった。




