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深沙の想い白骸に連ねて往く西遊記!  作者: 小日向星海
第三章 玄奘と観音菩薩
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【十七、観音菩薩と恵岸行者】

「お師さま!おかえりなさい」


 唐の都、長安の一角にある路地で恵岸行者は観音菩薩を出迎えた。


「ただいま戻りました」


「どうでしたか?大切な大切なおとうと弟子でしくんとの再会は?」


「どうって……そうですね」


 金蟬子だった時と変わらない頑固さはあったが、数回の転生で随分と頼もしくなっていた。


「あらぁ、とても楽しかったみたいですね〜!よかったですぅ」


 言葉に出さずとも表情に出ていたのか、恵岸行者がからかうように言う。


「恵岸?」


 少し棘のある言い方に違和感を覚えて、観音菩薩は恵岸行者を見るが、恵岸行者はニコニコと笑っていて。


「自分にぃ?その弟弟子くんの旅支度を手配させてるあいだに〜、感動の再会ができてよかったですね〜?もうね、自分は優秀なので?まあお言い付け通り終わらせましたけど?はい」


 けれどもその横を向いた頬は少し膨れ面になっていて唇も尖っている。


「恵岸」


 ああなるほど、と思い至った観音菩薩は申し訳なく思いながら声をかけた。


「なんですっ?」


「あなた、ヤキモチを妬いているのですか?」


「ヤ、ヤキモチなんて自分は妬かないですよ!食べられもしないのに」


 そう言って、恵岸は持っていた九環の錫杖をガシャガシャと揺する。


「おやおや……ふふ」


 ご明察、とでも言うようなその態度に観音菩薩は苦笑した。


 そして錫杖を乱暴に振る恵岸行者の手を止め、不機嫌な視線を向ける恵岸行者を真っ直ぐに見つめた。


「金蟬子は私の弟弟子。あなたにとっての前部ぜんぶ護法ごほうと哪吒太子、貞英ていえい娘々(にゃんにゃん)のようなものです」


 恵岸行者の兄弟は多い。


 末の妹は今はまだ七つだ。


「それはわかっていますが……自分、なんだかモヤモヤしてしまったのですよ」


 修行が足りません、と恵岸は落ち込んで言った。


「私の配慮不足ですね。ごめんなさい。有能なあなたにいつも頼ってばかりで……」


「お、お師様が謝ることではないですよ!こんなに感情に振り回されるのは自分の修行不足ですから」


 しゅんとして言う観音菩薩に恵岸行者は慌てて言う。


 有能な、と言う言葉で機嫌もだいぶ上向いてきたようだ。


「それではもう一仕事、これから頼んでも?」


「仕方ないですね!この恵岸、お師様とお師様のおとうと弟子でしくんのために、一肌も二肌もぬいで見せましょう」


「頼もしいです」


 にこやかに言う観音菩薩に、恵岸行者はふふふと笑い、ボロ切れを纏った姿に変化した。


「でもこんな姿でいいんですか?ちゃんとした身なりの方が……」


「これは選別のためです、ちゃんとこの錫杖と袈裟の価値を見抜くものかどうかの」


 自分もまた同じようなボロボロの格好に変化して観音菩薩は笑う。


「そうなんですね。それじゃあちゃっちゃとやりましょう!」


 路地から通りに駆け出す恵岸行者の後を歩きながら観音菩薩は呟いた。


「そう、すべては釈迦如来様のため、衆生のため……」


「お師さまー!はやくきてくださーい!」


 観音菩薩の呟いた声は、先を行く恵岸行者には聞こえていないようだった。


「はいはい、今行きますよ」



 そして数日の後、観音菩薩が言った通りに玄奘は皇帝太宗から呼び出され、錦襴きんらん袈裟けさ、九環の錫杖を与えられ旅立つのであった。


「とうとうですね、お師さま」


 太宗がつけたお供を引き連れ、白馬に乗った玄奘一行を雲の上から眺めて恵岸行者が言う。


「ええ、如来の悲願が叶う時が今はじまったのです」


 馬上の玄奘は初めての馬に緊張しているようだがその瞳は自信に溢れている。


「でもお師さま、あんな普通の馬じゃ天竺まで無理でしょ」


「蛇盤山までなら余裕でしょう。そこで玉龍と交代させましょう」


 その山にはいつか取経者のお供にするために天界で暴れた龍を数百年前からつないでいる。


「玉龍、ちゃんとおぼえていますかね」


「さあ……とにかく今は玄奘の旅の平安を祈りましょう……」


 観音菩薩に倣い、恵岸も手を合わせる。


 玄奘の険しい旅は今始まったのだ。


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