【百六十九 河伯を元に戻すために】
霊吉菩薩は玄奘を振り返りちいさくつぶやいた。
「ほう、玄奘はすごいのだな。お前たちを更生させてしまったのか」
そして満足そうに笑うと、黄風大王と虎先鋒の肩をポンと叩いた。
黄風大王たちがひどく怒られはしないかとハラハラしていた玄奘は、三人の会話の内容は聞こえなかったものの、黄風大王と虎先鋒が無事なのことに胸を撫で下ろしていた。
「玉龍や、こちらへおいで。じじが如意宝珠の使い方を教えよう」
「はいっ!八爪金龍様っ!それじゃあおシショー様、がんばろうね!」
玉龍は龍の姿に戻ると、手招きをする八爪金龍の元へと飛んでいった。
八爪金龍の目はまるで孫をみる祖父のように優しい。
「よし、玄奘君、自分たちも力を合わせて河伯サンを救おう」
「はい」
玄奘の肩を叩いて、まるで玄奘の緊張をほぐすように明るく言う恵岸行者を心強く思い、玄奘は頷いた。
霊吉菩薩は彩雲に乗りこみ、ゆっくりと浮上しながら指示を出す。
「よし、ワシはあれら瘴気を封じる結界を貼ろう。斉天大聖、黄貂、虎先鋒は動けなくなるワシらを守れ。黄貂は隙を見て三昧神風であの首飾りを奪うのだ」
「おう!」
「任せてくださいッチ!」
「ウス!」
「うむ。玄奘と恵岸、お主たちは如意宝珠により力を強化してある。他のことは考えず、ただ浄化のことのみ考えよ」
「……はい!」
「お任せください」
八爪金龍と玉龍はすでに如意宝珠に集中し、玄奘と恵岸行者に力を送っている。
玄奘と恵岸行者は目を合わせ頷いた。
「ではワシは結界を張る。皆、あとは頼んだぞ!」
霊吉菩薩は印を組み、目を閉じた。
ブツブツと何かを唱えると、光り輝く杭のようなものがたくさん現れ、それらは地面に刺さったり宙に浮いたりして光の線で繋がっていく。
やがて戦う河伯と猪八戒を中心に、多面体の半球形の覆いができた。
そうして、瘴気を逃さないための霊吉結界が完成した。
玄奘の隣に立つ恵岸行者も印を組み、目を閉じて浄化のための真言を唱える。
玄奘は孫悟空と共に前衛に出ようとしていた黄風大王に声をかけた。
「黄風大王さん」
「玄奘ッチ、どうしたッチ?」
「沙和尚の首飾り、手に入れたら私のところへ持ってきてください。あれは私の過去世の骸たちなので、私が終わらせたいのです」
「そうなんッチか……でも、大丈夫ッチ?」
黄風大王は不安そうに玄奘を見上げる。
あの瘴気に玄奘が取り込まれてしまう危険もある。
だが玄奘は頷いて大丈夫だと態度で示した。
玄奘にも何故かわからなかったが、自分ならあの首飾りを浄化できるという確信があったのだ。
「わかったッチ!このアチシにまかせるッチ!」
黄風大王は小さな手で胸をドンとたたいて言った。
「それじゃあお師匠様、俺様が必ず守るんで、絶対無茶はしないでくださいね!」
「はい。どうか気をつけて……」
河伯の方へと駆けていく孫悟空たちを見送り、玄奘も合掌して経を唱え始めた。
(沙和尚、どうか正気に戻ってください……!)
祈りを込め、玄奘は唱え続けた。




