【百五十六 禅院のエラいヒト】
輝く星の姿になって孫悟空たちを先導してきた太白金星は仙女の姿に戻った。
そして禅院の門前に敷き詰められた、白い石畳に静かに降りた。
「皆様、ここが霊吉菩薩様の住まう禅院ですわ」
太白金星に続いて觔斗雲から孫悟空たちも降り、辺りを見回す。
太白金星が門を開くと、その奥にも石畳と玉砂利の道が続いている。
突き当たりには白い建物とその入り口と見られる銀色の扉が遠くに見えた。
夜も深まった藍色の空に、白い建物はうっすらと輝いているようにも見え、その美しさに孫悟空たちは思わずため息をついた。
「ん?あれ、ダレ?」
玉龍の怪訝な言葉に、孫悟空と猪八戒もその白と藍色の境目に小さく鮮やかな赤い色があるのに気づいた。
その赤い色はどんどん近づいてきて、孫悟空たちはやがてそれが童子だとわかった。
「キミ誰?ここの童子クン?ボクたちは霊吉菩薩ってヒトに会いにきたんだ!知っていたら教えてくれるかな?」
玉龍は真っ先に彼に近づくと身をかがめて話しかけた。
「あら玉龍様、その方は……」
「よく来たな!待っていたぞ!!」
慌てる声を出した太白金星の言葉を遮り、赤毛の童子は片手を上げて溌剌とした声を発した。
「霊吉菩薩はこの先におる。ついてくるがいい!」
童子は威勢よく言うとスタスタと歩きはじめた。
「あっ、待って!」
駆け足でもないのに童子はどんどん先に行ってしまう。
孫悟空たちは慌ててを追うが、追いつくことはできなかった。
やがて禅院の入り口に着くと、銀の扉があった。
遠目からでもわかるほどの澄んだ銀色をした美しい扉は、近くで見ると細かな装飾が施されており、孫悟空たちは思わずため息をついた。
銀の扉は童子が近づくと勝手に開き、一行を中へと誘う。
禅院建物内部は薄暗く、甘く爽やかな不思議で芳しい香りに満ちていた。
さらに奥へと進むと左右12個ずつの台があり、瑠璃で作られたと見られる藍色の皿がそれぞれ載っている。
ただ左の列の一枚だけ皿がなく、左右の皿の数が違うことに違和感を覚えた。
天井には桜の模様が彫られた光る球体が浮かんでいて、それが薄暗い廊下の光源になっているようだった。
「ほら、ちゃんと着いて来ぬか」
禅院内部を不思議そうに見ている間にも、孫悟空たちを先導する童子は奥へ奥へと進んでいく。
孫悟空たちは置いていかれないように着いていくのがやっとだったが、ようやく謁見の間のようなところに出た。
奥には床より三段高い場所があり、そこには立派な椅子が置いてある。
童子は上機嫌な様子で階段を登り、どっかりと椅子に座った。
「えっ、そこ偉い人の椅子だよね?!キミが座っちゃって大丈夫なの?!」
「がはは!大丈夫じゃ!これはワシの椅子だからな!!」
「え〜?またまたぁ……」
玉龍が笑っていると、童子の背後から厳つい筋骨隆々の金剛力士たちがぬうっと姿を現した。
「えっ、ちょっと……」
険しい表情をした金剛力士たちに童子が摘み出されるのではないかと緊張した玉龍だったが、金剛力士たちはまるで童子を護衛するかのように左右に立っただけだ。
「ど、どういうこと……?」
玉龍が孫悟空と猪八戒に聞くが、二人とも「わからない」と首を振った。
そんな三人の脇を通り過ぎ、太白金星が段の下に進み出る。
「皆様、こちらのお方がこの禅院の主人、霊吉菩薩様ですわ」
「そうじゃ!ワシが霊吉菩薩じゃ!主ら、遠いところをよくきたのう!」
太白金星の紹介に食い気味に言った霊吉菩薩が豪快に笑った。
「え、ええ〜?!」
三人は驚いて顔を見合わせた。




